Miyacology

温熱刺激が脳を活性化させる科学的根拠を看護に活かす

医療機関で実践されている看護ケアの中にはその妥当性が科学的には実証されておらず、経験則に基づくものも多いといわれています。その一つが、足浴をはじめとする温熱刺激の活用。「温かさ」が脳の活性化につながるメカニズムの解明に挑む健康福祉学部看護学科の前田耕助助教にお話を聞きました。

前田 耕助 助教

MAEDA Kosuke
健康福祉学部 看護学科

東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科修士課程修了後、2020年には同研究科博士課程修了、博士(看護学)を取得。首都大学東京健康福祉学部看護学科特任助教を経て2014年より現職。専門は基礎看護学。研究テーマは、脳血流量を効果指標とした看護技術の開発や、看護技術のエビデンス検証と開発など。

多くの人が実践できる足浴。その効果を科学的に検証したい

私はかつて、脳腫瘍などの疾患を扱う脳神経外科に、看護師として勤務していた時期がありました。当時は、看護ケアを通じて、意識レベルが低下した患者さんの脳活動を活性化させ、覚醒を促すことができないか、と試行錯誤を行いました。そこで注目したのが、看護技術として一般的に用いられている、温熱刺激を用いたケアです。そもそも清潔目的で体を拭く際にはお湯を使いますし、入浴自体がこの温熱刺激の一つなのです。入浴が困難な場合には、いわゆる“足湯”のような足浴や、手浴という方法で患者さんに「心地よさ」を感じてもらいます。さらには、痛みや筋肉の緊張状態を和らげるために体を温めるケースもあり、妊婦さんの出産前後のストレス緩和には、足浴が有効とされています。

ただし、科学的根拠に基づくケアとするには研究の蓄積が少なく、経験則に基づいて行われることも多いのが現状です。温熱刺激の影響を科学的に検証する必要性を感じ、温熱刺激と脳活動の因果関係を解明することで、より効果的な看護ケアの開発につなげたいと考えました。特に足浴は、お湯を張ったバケツに足を入れて温めるだけの簡便さが魅力。入浴に比べて負荷が小さく、車いすに乗ったままでも可能です。科学的にも効果が実証されれば、認知症をはじめ、脳神経系の疾患を持つ患者さんを在宅でケアする家族の力にもなれるのです。

足浴は日本をはじめ、東アジア特有の看護ケア

臨床の現場では、経験則として多様な看護ノウハウが蓄積されていますが、「看護学」という学術分野としては歴史が浅いため、経験則に頼らざるを得ない部分が大きいのが実情です。これまで看護ケアの視点で脳科学領域にアプローチした研究は少なく、例えば「温熱生理学」の分野では研究成果は出ているものの、看護ケアでは用いないような温度範囲を対象としているなど、直接的に看護ケアの実践に役立つ知見は蓄積されていません。

また、看護ケアで「心地よさ」を目的として足浴が用いられているのは、私の知る限り日本、韓国、中国だけ。赤道直下の国々をはじめ、年間を通じて温暖なエリアでは行われず、足浴は、日本をはじめとした東アジア特有の看護ケアなのです。

なお、足浴の効果は実は複合的です。温まるだけではなく、お湯に足を浸けることで、静水圧という圧力が足に加わり、マッサージ効果が得られます。さらには小さいものの浮力も生まれるため、足が軽く感じられこともあります。そのため、これらの影響は温かさの効果とは別にして分析する必要があると考えています。

なぜ“温かい”は“心地よい”のか。そのメカニズムの解明に挑む

温熱刺激による脳の血流量の増加は証明されつつある一方で、なぜ「温かさ」が「心地よさ」に変換されるのかというメカニズムは解明されていません。患者さんが「心地よい」とする感覚には、「さっぱりした」「すっきりした」といった積極的で快適な感覚と、「眠くなる」「ゆったりする」といった休息的な感覚が存在し、温熱刺激を用いる看護ケアには、さまざまな目的があります。私はそこに脳の活性化という新たな目的を加えるために、エビデンスとともにメカニズムを明らかにしたいのです。まずは、心地よい感覚を生む足浴の温度や浸かり方の平均値を導き出し、臨床で個別の患者さんに合う活用方法を実践できるようにすることが目標です。

足浴による血流量の増加と前頭前野の活性化を確認

脳血流量の分析機器で多くの人が思い浮かべるのはMRIだと思います。ただ、MRIは脳を細かく分析できる反面、検査は極めて閉鎖的な空間で行われ、大きな音も発生するため、心理的な負荷が大きくなります。看護で重視する“落ち着いた環境”とはかけ離れているのです。一方、NIRS(近赤外分光法)は頭皮に近赤外光を照射・検出するプローブを装着するだけで測定できるので、静かな環境下で脳内の血流量データを取ることができますが、脳のどの部位のデータを計測しているのかを細かく把握することができません。そこで私の研究では、MRIで撮影した脳画像を使って、NIRSで得られたデータが、脳のどの部位の血流量を示すのかを細かく分析しました。その結果、足浴によって、性格形成や感情形成を司る前頭前野の血流量が増加すること、さらに前頭前野の中でもどの領域が活性化されるのかを詳細に調べることができました。引き続き、足浴が脳活動に与える影響を調べ、将来的にはより効果的な足浴ケアの方法を提案したいと考えています。

【Web限定!】現在は、実験手法の精査や細かな修正を行いながら、NIRSによるデータ収集を続けています。しかし、NIRSは脳の表層の血流量しか見ることができないので、脳の奥深くにあり、温かさを受容して信号を出している視床下部の脳血流量を測定することができません。これまで、看護ケアを行う環境とはかけ離れていることから、MRIを用いた脳血流量データの収集は行ってきませんでしたが、脳の奥深くを分析するためにはMRIを使うしかありません。足浴が脳に与える影響ををより深く理解するためにも、NIRSによるデータ収集で得られた基礎的な知見を踏まえながら、将来的にはMRIでの脳血流量測定にも挑戦していきたいと考えています。

看護ケアの“実践者”であると同時に研究者でもあってほしい

学生には、看護ケアをさらなる高みへと押し上げるには、臨床での実践と研究の両方が不可欠だと伝えています。看護は研究があるからこそ発展するもの。経験則に基づく看護ケアに対して科学的な検証を重ね、今後もアップデートし続けていくべきものだと思います。科学的根拠があれば、患者さんも看護ケアの意義や必要性を理解しやすく、信頼関係のもと看護ケアを実践できるのです。

看護師が患者さんと信頼関係を築くための三大要素は「知識」「技術」「態度」。知識と技術をつなぐ役割を果たすのが科学的根拠です。科学的根拠を理解するためには研究者としての視点が求められ、研究内容の信頼性や妥当性を見きわめるにも知識が不可欠になるでしょう。そして、態度には言語を用いたコミュニケーションスキルはもちろんのこと、表情のつくり方や、視線の送り方など、非言語的なコミュニケーションも含まれます。学生には、看護学科での学びに加え、放射線学科、理学療法学科、作業療法学科を持つ健康福祉学部のリソースをフル活用しながら、「知識」「技術」「態度」という看護師としての資質を磨いていってほしいと願っています。