Miyacology

未知なるバイオマテリアルの創製とドラッグデリバリーシステムの確立に挑む

都市環境学部環境応用化学科の朝山章一郎教授の専門は、バイオマテリアルを用いたドラッグデリバリーシステム。健康寿命の延伸や認知症の改善にも効果が期待される研究内容を紹介します。

朝山 章一郎 教授

Shoichiro Asayama
都市環境学部 環境応用化学科

東京工業大学生命理工学部生体分子工学科卒業後、同大学院生命理工学研究科バイオテクノロジー専攻博士後期課程修了。1999年に東京都立大学大学院工学研究科応用化学専攻助手として着任し、研究員、助教、准教授を経て2023年より現職。専門は生体材料化学(バイオマテリアル)・医用高分子・生化学・生体分子工学。


私は「多くの人々を救いたい」というモチベーションで研究に臨み、バイオマテリアルの創製によって、健康寿命の延伸によるQOLの向上に貢献したい一心です。学生に期待したいのは「興味」と「努力」と「継続性」。新たな知を生み出していく研究の喜びを意欲的な学生と分かち合えればと思っています。


筋肉を再生させる「遺伝子デリバリーシステム」

現在は、体内にあるタンパク質や遺伝子などがバイオ医薬品、核酸医薬品として使われる時代です。ただし、こうした高分子医薬品を作用させるためには、必要な部位に適切な量とタイミングで医薬品を届けるドラッグデリバリーシステムが必要です。

例えば、寝たきりの高齢者の筋肉を再生させるためには「バイオマテリアル」を用いて極微小化させたプラスミドDNAという遺伝子をピンポイントで筋肉に注射することで、筋肉の中で遺伝子を拡散させ、幹細胞を活性化させることにより、筋肉の再生につながると考えています。この時用いるバイオマテリアルの主成分は、ポリエチレングリコール(PEG)です。PEGは、水がつながったような構造であり、遺伝子にPEGをつけることで、人体は水だと錯覚して体になじみ、目的の部位に届くのです。既にマウスの実験では遺伝子発現効果を確認しており、医薬品を生体内の未到達空間に届け、その場で幹細胞を使って再生させる「In situ 再生医療」として人体での実用化を目指します。

血糖値を下げ、糖尿病の治療に役立つ「亜鉛イオンデリバリーシステム」

人の膵臓から分泌される物質といえば、血糖値を下げるインシュリン。しかし、インシュリンが肝臓を通る際に分解され、全身に行き届かなければ血糖値は下がらずに糖尿病になってしまいます。そこで期待されるのは、インシュリンの分解抑制機能を持つ亜鉛イオンを肝臓に届けるドラッグデリバリーシステムです。

こうしたドラッグデリバリーシステムは、亜鉛イオンを「バイオマテリアル」で覆うイメージです。体内に入れるため、肝心なのはPEGが有するような生体適合性や血液適合性。防衛機能を持つ人体が異物と判断して拒否反応を起こさせてはいけませんし、バイオマテリアルに触れただけで血液が固まり、血管が詰まって脳梗塞などを引き起こしては本末転倒なのです。その上で、肝臓を主に構成する細胞のみを認識する糖鎖(リガンド)の結合したバイオマテリアルで亜鉛イオンを覆えば、体全体に行き渡ってしまう亜鉛イオンを目的の肝臓の細胞のみに届けることが出来るのです。

認知症治療への挑戦を始め、バイオマテリアルの“先端機能”を開拓

バイオマテリアルの研究で次なる目標に掲げているのが、認知症治療への貢献です。認知症は脳内でアミロイドβなどのタンパク質が蓄積することで発症すると考えられるため、この物質を分解して排除することで改善が見込まれます。また、脳内ではタウというタンパク質が凝集することで神経を圧迫し、認知症につながるとも考えられます。そこで私たちは、病因物質を排除し、神経を正常に回復させるインスリンを経鼻投与で脳内に届けることを目指した「マルチ作用型バイオマテリアル」として、新たにコレステロールを修飾したPEG(Chol-PEG)を生み出しました。

なお、Chol-PEGをコーティング材のように塗れば、表面が血液適合性を発揮します。これは「バイオイナート表面」と呼ばれ、血液を循環させるチューブなどの医療機器での活用が見込まれています。さらに今後は食品分野での防汚効果など、生理不活性で何も吸着させない安全なマテリアルとして、医療分野以外の用途にも応用が可能です。また、人体が稀にPEGにアレルギー反応を示す事例もあるため、“ポストPEG”を見据えて、両性高分子電解質のカルボキシメチル化ポリビニルイミダゾール(CM-PVIm)といったバイオマテリアルの創製にも挑んでいます。