Miyacology

優れた企業家は事業の正統性を周到かつ的確に発信する

高橋 勅徳 准教授

Takahashi Misanori
経済経営学部 経済経営学科

北九州市立北九州大学経済学部経営情報学科卒業後、神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。沖縄大学法経学部専任講師、滋賀大学経済学部准教授を経て2009年に首都大学東京に着任。現在に至る。専門は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論など。

組織のルールに縛られない行動が許容されるのには理由がある

 私の専門は、ベンチャービジネスやソーシャル・イノベーションの研究と、これらを通した企業家研究です。会社勤めのビジネスパーソンでも、勤務先のルールに縛られずに自由に動ける従業員や、中学校や高校などの学校生活でも、おそらく校則違反であるものの教員から信頼され、ほかの生徒なら注意される行動でも、ある程度は許される生徒がいるものです。こうした存在は、リーダーを任されることも珍しくありませんが、いわゆるリーダーシップは個々の属人的な能力として説明されがちです。私自身、かつては特定の企業家を対象に、その属人的で特殊な資質の考察を進め、先天的な資質なのか、後天的に養われた資質なのかといった問いも立てました。しかし現在は、世の中の企業家が「どうやって」ビジネスを動かしているのかという観点で、個別の事例をもとにした理論化を進めています。

 例えば、社内ベンチャーで重要なのは、上司の承認を取りつけること。多くの従業員は、あくまでも指示に従って業務に励みますが、社内企業家と言われてきた人たちは、指示された業務をこなしつつ、主体的に時間をつくっては社内起業のプランを練り、直属の上司やさらなる上層部からも承認を得ようと精力的に動きます。経営学に「マネージングユアボス(Managing your boss)」という概念があるように、権限を持つ上司をうまく味方に付ける形で、イノベーションを実現しているのです。一見は自由に動きながら、組織内のルールをうまく使って、それが許容されるようにうまく立ち回り、承認を取るべき相手から着実に承認を取っていく。企業家に共通しているのは、自らの正統性を周到かつ的確に周囲に伝え、説得する技術に長けているということです。

2018年に出版された『ソーシャル・イノベーションを理論化する ―切り開かれる社会企業家の新たな実践―』(文眞堂)。

事業の成否は、その正統性を発信する企業家の技術にかかっている

 社内ベンチャーをはじめ、思い描いた新規事業プランを実現させられる人とそうでない人の違いは、正統性を有効利用して“資源”を動員できるか否かです。例えば、「融資をしても問題ない」と金融機関に判断させる根拠をいかに用意するか。ベンチャーキャピタルや個人投資家に協力を依頼する際にも、投資に見合ったリターンが十分に想定できる事業計画が不可欠であるほか、仮に事業が失敗しても投資分を回収できることを裏付ける根拠がなければ、投資は期待できません。そこで優れた企業家は、投資家の胸の内を理解した上で、投資の有効性を示す根拠資料とともに事業計画を立て、投資家の不安を払拭します。例えば、起業前に独自の技術で特許を取得しておけば、特許権の存続期間中は利益を独占することが法的に認められます。投資家からすると、事業化して軌道に乗れば当然利益が生まれると考えやすくなります。また、特許には証券のような機能もあるため、投資家はもし事業が順調に進まなければ特許を売却するなど、リスクを最小化する青写真が描けるのです。

 企業家による資源の動員は、商品やサービスのターゲットである消費者に対しても同様です。例えば、誰もが知る大手企業と知名度の低いベンチャー企業が、ほぼ同じ機能で価格も同じ商品をそれぞれ発売した場合、大多数の消費者は大手企業の商品を選ぶでしょう。ところが、仮にその商品が健康食品として、ベンチャー企業の商品にだけ「特許成分配合」と記載されていれば話は別になります。特許は、消費者の購買意欲を喚起するに十分な強みとなります。「規則的正統性」と呼ばれ、法律やルールに基づくお墨付きを得ているような状態だからです。

 また、その健康食品を著名人がテレビや新聞などのメディアで紹介することも、消費者に購入を促す要因となり得ます。これは「認知的正統性」と呼ばれ、「よく知らない会社の商品だが、あの人が言っているのなら良い商品なのだろう」と思わせる力があるのです。なお、ベンチャー企業は人手不足に悩みがちですが、メディアに紹介されることで、求人への応募が一気に増えるという副次的な効果も生まれます。

 世間の企業家は、これらの正統性を「どうやったら理解してもらえるのか」を考え、多様な切り口で正統性を発信しながら事業を進めます。これこそが企業家の技術力であり、事業の立ち上げに必要な資金調達から、顧客の獲得と社会への普及、競合企業からの防衛まで、さまざまな場面で発揮されていくのです。

“変なこと”を社会に認めさせる企業家の手腕

 企業家という概念の面白さは、「どうしたら新たな価値を社会に認めてもらえるのか」という問いに対して、独自の視点から答えていくことにあります。特に、企業家が取り組むイノベーションは、事業内容によっては倫理的な問題に触れるケースもあります。例えば、「環境にやさしい商品です」「フェアトレード商品の購入によって世界の貧困問題解決に貢献できます」といったソーシャルビジネスと呼ばれる事業領域は社会的に良いこととされる一方で、捉え方次第では環境問題や貧困問題など、「社会問題に便乗した不謹慎な金儲け」と解釈されてしまう場合すらあります。実際、ある企業がオーガニックコットンを使った乳児向け商品を輸入して日本で販売していたのですが、その商品が途上国の児童労働によって生産されていたことがわかり、倫理的に問題視されかねない状況に置かれて、対応が迫られました。有機栽培で環境にやさしく、人の肌にも優しいというソーシャルビジネスとしての正統性が失われてしまうのです。

 新しい商品、新しい価値が良いものとして認められるために、または、悪しきものとしてレッテルを貼られないよう防衛するためには、「どうやって正統性を確保するか」が問われます。今や当たり前に使われている自動車にしても、黎明期には馬車ではなく自動車を選んでもらうための正統性が必要でした。パソコンにしても「何のために使うのか。ワープロでいいじゃないか」と、最初は理解を得にくいわけです。世間からすれば、新たな価値を提案する企業家は、ある意味で変なことをする人ですが、社会に認められるよう細かい努力を重ね、良いものとしての正統性を築き上げていくのです。

日本独自のイノベーションである婚活ビジネスに当事者として参加

 自動車やパソコンが社会に浸透し、一つの産業として確立されているということは、顧客がメリットを見出し、対価を支払って支え続けている状況です。得体の知れない新たな商品やサービスを一般市民が良いものとして受け入れ、購入されていく循環ができた状態がイノベーションの完成といえます。私が長らく研究してきたのは、こうした商品やサービスを提供する側の行動であり、顧客側の視点が欠落していた点は否めません。そこで新たな研究対象として着目し、私自身が顧客となって利用したのが婚活ビジネスです。かつての結婚相談所ビジネスが2007年頃に「婚活ビジネス」と呼ばれるようになり、2007年に約500億円だった市場規模が今や約3,000億円にまで成長した日本独自のイノベーションです。私はそんなイノベーションを受容する当事者として参加。企業が提供する婚活ビジネス仕組みが顧客にどう作用し、どう利用されているのかをサービス利用者側の目線で分析しました。

 利用してわかったのは、必ずしも結婚だけが顧客の目的ではなく、社会的には受容されないであろう不純な動機で参加する顧客もいるということです。経営学には「ユーザーイノベーション」という概念がありますが、企業側から与えられたサービスやテクノロジーを顧客が無防備に受け入れるだけではなく、それを利用した上で何ができるのかを顧客自身がイノベーティブに考え、実践している実態が確認できました。一方で、医療ベンチャーやバイオベンチャーなど、極めて高度な技術を用いる領域については、ユーザーイノベーションの余地はありません。ベンチャービジネスやイノベーションといっても、その様相は実に多彩なのです。

2021年に出版された『婚活戦略 ―商品化される男女と市場の力学―』(中央経済社)。

過去の成功例はアテにならないが、失敗例はリスク対策に役に立つ

 企業家研究からわかることは、優れたビジネスプランの発想力を養うことよりも、自分の考えを社会に認めさせる視点と技術が大切だということです。売れるアイデアか否かで頭を使うよりも、「そんなものは売れない」と断じる人間を黙らせてしまうほどの正統性を突きつけ、翻意させて協力させるくらいの技術を磨くことが求められます。また、イノベーションにはグレーゾーンをどう広げるかという側面もあり、要は法律のすき間や業界ルールのすき間、市場のすき間を広げていくということです。その広がりによって都合が悪くなり、違法性を指摘したり、公序良俗に反していると声を上げたりする人も現れますが、企業家としては、そんな相手を納得させなければいけませんし、味方につける必要があります。

 とはいえ「こうすればうまくいく」という正解は存在しません。イノベーションは状況依存的で個別性が高く、産業によっても時代によっても、相手を説得するために必要な正統性は異なります。いわゆる「GAFA(Google、Apple、Facebook(現メタ)、Amazonの頭文字)」にしても、それぞれの時代背景ゆえに成立したのであり、それを単に再現しようとする安直な発想は改めるべきでしょう。二番煎じの後追いでイノベーションらしきことをした場合の末路は、ある程度は見えているのです。やる気でどうにかなる問題でもなく、やる気だけでは暴走して路頭に迷いかねません。

 ただし、失敗例を含む過去の事例を踏まえて、予見されるリスクに備えることは可能です。そこには過去の事例を抽象化し、理論レベルに落とし込んだ企業家研究やイノベーション研究の意義があり、グレーゾーンの見つけ方や広げ方、事業の守り方を技術として身につけるためのベースにもなるのです。

興味・関心のあるテーマを自問自答し、とことん探究してほしい

 ビジネスの世界では、実際のところ、企業家として新たな事業に挑もうとする存在は少数派です。大多数はリスクを取らず、指示された業務だけをこなそうとするものです。その受け皿があることも確かなのですが、私が期待するのは、せめて学生のうちは自分の興味・関心に沿ったテーマについて、卒業論文などでとことん探究することです。ある卒業生は在学中に女性目線で婚活ビジネスを研究し、2023年8月には私との共著で書籍化を果たしました。テーマは趣味の延長でも構いません。クラブ活動やサークル活動で取り組んでいるマイナースポーツの普及やプロ化に向けたプロセスを研究する学生もいれば、舞台演劇ビジネスが成立する仕組みを研究する学生もいました。

 自由なゼミだという自負はありますが、テーマ選択に対しては「グーグルスカラー(Google Scholar)」で論文検索を行い、類似する先行研究があったとしても、発展性が感じられるオリジナルのテーマであることが望ましいです。先行研究と差別化でき、何らかの貢献を提供できることが、研究上の正統性です。加えて、公序良俗に反しない倫理的正統性も必要です。主体的かつ意欲的に探究したい明確なテーマがなければ、そもそものテーマ選び自体に難しさを感じてしまうものですが、ぜひ自分が突き詰めたいテーマを自問自答し、そのテーマを研究する正統性を聞かせてください。それが、自らの企業家としての資質に気づくきっかけになるかもしれません。

【冊子掲載マンガ】ミヤコロンの推しラボvol.5