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“アメとムチ”を含むポリシーミックスと自治体間連携がカーボンニュートラル実現のカギになる

カーボンニュートラルの実現に向け、環境法や行政法が専門の有識者として、官公庁などに政策提言を行っている都市環境学部都市政策科学科の奥真美教授。その具体的な中身を伺いました。

奥 真美 教授

Oku Mami

都市環境学部都市政策科学科

横浜国立大学経済学部国際経済学科卒業後、同大学院国際経済法学研究科修了。(財)東京市政調査会研究員や長崎大学環境科学部助教授などを経て、2006年に首都大学東京都市教養学部教授となり現在に至る。専門は環境法、行政法。主な研究テーマは、環境マネジメントシステムや環境規制、気候変動対策など。


個人レベルで大切なのは、身近なエネルギーの生産から消費までのプロセスや、環境に関する法や政策が自分の生活にどう関わるのかを、一生活者、一消費者として認識すること。また、居住する自治体の政策にも関心を持ち、ときには意見を表明するなど、主権者意識を持って環境問題を考えることが重要です。


国際的潮流も踏まえ国内法を整え具体的な施策に落とし込んでいく

 2050年までにCO 2 排出量を実質ゼロとするカーボンニュートラルの実現は、国連の「気候変動枠組条約」や「パリ協定」といった国際条約により、世界的な目標として合意されています。日本でも、2020年のいわゆる「カーボンニュートラル宣言」を経て、気候変動枠組条約を受けた国内法である地球温暖化対策推進法を改正しました。環境省の改正に向けた検討会には、私も参加していました。

 実現に向けた基本的な流れとしては、国が定めた法律や計画などに基づき、地方公共団体が実行計画を策定。その上で市区町村という基礎自治体が、地域の課題解決に資する具体的な取り組みを住民や事業者と共に検討し進めていきます。例えば、基礎自治体は、地域における合意形成を図りながら、再生可能エネルギーの促進地域を設定し、設備導入を誘導していくといった役割を担います。ただし、環境省の地球温暖化対策推進法の施行状況調査によると、自治体の規模が小さいほど予算、人材、ノウハウという3点セットが不足していて、基礎自治体に期待される役割を必ずしも十分に果たすことが難しい実情があります。

【Web限定!】そもそも自治体レベルで問題なのは、「環境対策は環境部局が担当すべき」という意識です。カーボンニュートラルは、都市計画や農政、産業振興など、あらゆる部局に関わる問題であるにもかかわらず、縦割り行政の弊害によってその重要性が共通認識にならず、全庁的な気運が高まっていないケースが少なくありません。ただし、トップがリーダーシップを発揮することで組織全体が変容を遂げる傾向は自治体でも見られますし、各部局が日々の業務や事業のなかにと環境対策を組み込んでいく結びつけようとする意識を持つだけでも大きな一歩となります。

規制すべきは規制し優遇すべきは優遇する

 カーボンニュートラルの実現に向けては、法的なアプローチも重要です。例えば、大量にCO2を排出する事業者向けには、排出量に応じた経済的負担を課すカーボンプライシングの導入が有効です。日本では2028年度以降に導入される見込みですが、EUでは既に排出量取引制度といった形で義務的参加の仕組みがあり、罰則もあるため、着実な削減効果が期待できます。

 日本国内では、いわゆる「建築物省エネ法」のもと、「ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)」や「ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)」といった省エネ基準に適合する建物が増えていけば、それだけでも削減量は大きなものとなります。一定規模以上の建築物には、これらの基準への適合を義務化することで実効性が高まるのです。

 一方、規制や経済的な負担を課すばかりではなく、「ISO14001」や「エコアクション21」といった環境マネジメントシステムの認証を取得し、継続的な改善を進めている事業者には、規制上の優遇措置を講じたり、経済的なインセンティブを付与したりすることで、さらなる自主的な取り組みを促すといったことも可能です。一般市民の意識や行動の変容から、事業者による環境負荷低減の促進に至るまで、カーボンニュートラルの実現には幅広いターゲットを視野に入れた多様な政策手法を組み合わせる、「ポリシーミックス」が不可欠なのです。

都市部と非都市部の自治体間の連携に基づく取組みが有効

 CO2の排出量をゼロにするとはいっても、CO2を出さない人などいませんし、CO2自体は有害物質ではありません。ただ、そのためか、我が身に差し迫った問題として捉えづらく、一般市民に対策を促そうにも理解を得にくいこともあります。また、太陽光パネルや蓄電装置などの設置を呼び掛けても、実際に設置できる者は限られます。だからといって財政的な支援にも限度があります。どうすれば住民や事業者の協力や行動を引き出せるのかに悩む自治体は少なくありません。そこで特に推奨しているのが、自治体間の連携です。

 例えば、東京都には23区と市町村を合わせて62の基礎自治体がありますが、これらの自治体ごとにCO2排出や自然的社会的な状況は異なります。そこで、重要なのは都市部と非都市部の連携です。都市部だけで再生可能エネルギーを導入してCO2を削減しようとしても限界があります。そこで、非都市部で再生可能エネルギーから作られた電力を都市部において活用したり、都市部の住民等がレクリエーションも兼ねて非都市部を訪れ、森林や里山の維持管理・保全活動に参加したりすることをとおして、非都市部にも資金や人材が還流するような仕組みの構築が有効だと考えています。