スポーツや医療にも応用できる筋肉のしくみを探る
骨格筋は、からだを動かす以外のはたらきをすることもわかってきています。それはいったいどんな働きなのかを探っているのが人間健康科学研究科の眞鍋康子准教授です。これまでの研究でどのようなことがわかってきたのでしょうか。
眞鍋 康子 准教授
Yasuko Manabe
人間健康科学研究科 ヘルスプロモーションサイエンス学域
私の研究する筋肉という分野はスポーツや料理など、日常生活に密接に結びついた分野です。実際に、研究室にはスポーツ、生物、食品、教育などさまざまな背景の学生がいて、それぞれ興味のあることが違います。興味のある分野を極めると、研究したいことが見つかるかもしれません。
骨格筋の役割はからだを動かすだけじゃない!筋肉から分泌される「マイオカイン」の役割
私たちの体を動かすのは、骨格筋と呼ばれる筋肉です。近年、骨格筋は体を動かすだけではなく、筋肉から「マイオカイン」と総称される物質を分泌して、からだのさまざまな機能を調節することが明らかになってきています。
どのようなマイオカインが存在していて、それらが具体的にどのようなはたらき方をするのか、マイオカインにはまだわかっていないことがたくさんあります。私は、体にとって重要な役割を担うものをずっと探ってきました。そして、数あるマイオカインの中から、骨格筋の元となる細胞(筋芽細胞)を遅筋へと変化させるR-spondin3(Rspo3)という物質を発見したのです。
【Web限定!】私たちの体では筋肉が損傷すると、筋芽細胞が増えて筋肉を修復していきます。このプロセスは速筋も遅筋も同じです。この筋芽細胞が増えていく過程で、遅筋で生み出されたRspo3が作用すると、筋芽細胞は遅筋へと変化します。「遅筋が損傷したら、損傷箇所に遅筋が再生する」という、一見すると当たり前に思える私たちの体の機能は、Rspo3が作用していたからだったということがわかりました。
骨格筋には、短距離走などのスポーツで瞬発的に力を発揮する白色の「速筋」と、マラソンなど持久力が必要なスポーツで力を発揮する赤色の「遅筋」の2種類があります。この2種類の筋肉の割合は生まれつき決まっていて、たとえば遅筋の多い人はマラソンが得意など、スポーツの適性も決まっていると考えられてきました。しかし、Rspo3によって遅筋は後天的にも作られることがわかったのです。
【Web限定!】新たなマイオカインを発見するには、たくさんのステップを経る必要があり、私たちのチームがRspo3を発見するまでに、10年以上かかりました。筋肉組織には筋細胞以外の細胞も含まれているために、マイオカインを見つけ出すには筋肉細胞だけをとりだして調べるところから始まります。発見されたマイオカインは、動物のからだの機能に何らかの影響を及ぼすはず、という考えのもと、私たちのチームでは、ショウジョウバエを使い、ショウジョウバエのからだの機能に影響を与えるもの、例えばショウジョウバエの活動量を変化させたり、寿命を変化させたりするもの、をピックアップし「体に重要な作用をもつマイオカイン候補」を絞り込みました。そして、ある特定の遺伝子を操作したマウスを使ってもっと詳しく調べ、その仮説を検証していきます。たとえばRspo3の研究では、遅筋細胞だけに蛍光タンパク質が産生されるように遺伝子を操作したマウスを使い、Rspo3が遅筋に限定して存在していることを突き止めることができました。このように、たくさんの観察や試行錯誤を経て、ようやく新しいマイオカインの発見につながるのです。
筋肉のしくみを解明することで、医療分野への応用にも期待
遅筋は糖や脂肪の代謝に関わるはたらきがあるため、加齢などによって遅筋が減少すると、代謝異常になりやすくなります。また、寝たきりや2型糖尿病の患者は、遅筋が萎縮して筋力が下がると報告されています。今回発見されたRspo3というマイオカインには、遅筋の増加や回復を促す機能があることがわかっていますから、例えば患者本人から回収した幹細胞をRspo3で処置し、遅筋を作るように働きかけてから体内に戻すことで、遅筋の萎縮の予防や治療、そして糖尿病の治療などに役立てる、という未来も考えられるでしょう。また、白色の速筋を作るマイオカインも見つかりつつあります。これが見つかれば、目的に応じて筋肉の構成をデザインすることも可能になるかもしれません。
今後さらに解明が進むことで、マイオカインは、医療にまつわる健康上の問題を改善する糸口になると期待しています。私たちは今後もマイオカインの機能やはたらき、分泌の仕組みについて探っていく予定です。
筋肉がどのくらい収縮したかをシリコンゲルのシワの様子で測る
マイオカインのはたらきの全てが解明されているわけではないので、中には筋力に影響を与えているものも存在していると考えていますが、その解明のためには筋細胞の収縮力がどの程度変化するのかを調べなければいけません。もし手の筋力を調べたいのなら、握力を測定すればよいでしょう。しかし、筋細胞という細胞単位で調べるよい方法は確立されておらず、これまでは同じ刺激を与えたときに、筋細胞が縮む距離で収縮する大きさを測定していたのですが、凹凸の激しい筋細胞で正確な太さの変化を捉えるのは至難の業でした。
そこで私たちは、柔らかいシリコンゲルの上に置いた筋細胞が収縮したときに、ゲルに寄るシワの数や長さを分析し、そこから筋細胞の収縮力の強さを測る方法を開発しました。机上に広げたティッシュペーパーの上に手を置いて、指に力を加えてたぐり寄せた時、力の強さによってティッシュに生じるシワの数や長さは変わりそうですよね?それと似ています。これまで、筋細胞の収縮力の評価が難しいこともあり、加齢などによる筋力低下を防ぐ・回復させる薬の開発は難航していました。しかし私たちが開発した方法を使えば、これも一気に進むかもしれません。
【Web限定!】私たちが新しく開発した測定方法では、まず柔らかい層とかたい層の層構造を持つゲルの上に、骨格筋細胞を載せます。そして筋細胞に電気の刺激を加えると、ぎゅっと縮みます。このとき、萎縮して細くなり、筋力が低下した筋細胞の場合はゲルにあまりシワが寄らないのですが、成長ホルモンを与えられ、太くなった筋細胞を載せたゲルにはきれいなシワがよります。そこで、筋細胞が伸び縮みする動画からゲルに生じるシワの情報のみを自動で抽出し、3回分の収縮で生じたシワの長さの合計をコンピューターで計算して、筋細胞の強さを測る指標としたところ、ゲルに生じるシワの長さとゲルに加えられた力(=筋細胞の収縮する力)は相関しており、従来の細胞の幅を測る方法よりも精度よく筋細胞の収縮力を測定できることがわかりました。