Miyacology

知的好奇心の積み重ねが実用化につながる 基礎科学で未来を拓く~サイエンスのすすめ~

今号は、生化学や分子生物学、物理学などの見地から「サイエンス」を探究する3名の教員が登場。直接的な成果物が見えづらく、どう社会に役立つのかについて疑問視されがちですが、人類史上を振り返ってみれば必要不可欠な分野。そこで「サイエンス」の本質や探究の醍醐味、その重要性や存在意義などを語り合ってもらいました。

藤井 宣晴 教授
Nobuharu L Fujii
人間健康科学研究科
ヘルスプロモーションサイエンス学域

筑波大学博士課程体育科学研究科修了後、ハーバード大学医学部ポストドクトラルフェローなどを経て現職。研究分野は分子生物学。研究テーマは、運動が糖尿病の予防・改善に貢献するメカニズムの探索、筋収縮により細胞内情報伝達の変容解析など。

伊藤 隆 教授
Yutaka Ito
理学研究科 化学専攻

東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士後期課程にて博士号(理学)取得。理化学研究所遺伝生化学研究室研究員などを経て現職。研究分野は、NMR分光学、構造生物学、生化学、分子生物学。研究テーマは、In-cell NMRを用いた生細胞内の分子動態解析法の研究など。

宮田 耕充 准教授
Yasumitsu Miyata
理学研究科 物理学専攻

首都大学東京大学院理工学研究科物理学専攻博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員などを経て現職。研究分野はナノサイエンスや物性実験。主な研究テーマは、新しいナノ物質/構造の合成と物性研究。2019年には科学技術分野の文部科学大臣表彰で「若手科学者賞」を受賞。

【それぞれの研究内容】理論的な根拠に加え直感的な着想も重視

伊藤 私は大学院の頃から、核磁気共鳴(NMR)という手法によるタンパク質の構造解析をしています。X 線による解析が、精製してきれいにした「試験管内の」試料を使うのに対して、NMRではそのタンパク質が実際に働いている生きた細胞の中であっても構造を調べることができます。細胞内と試験管内でのタンパク質のふるまいに差があることには確信があるのですが、それをきちんと解析できるようにするために、方法論を追究しているところです。

藤井 私は筋肉の研究をしています。原点は学生時代に行った心臓の研究です。ヒトは高血圧になると心臓が肥大し、機能も破綻してしまいますが、アスリートは運動によって心臓が肥大するものの、機能は破綻するどころか、むしろ強くなります。こうした機能の変化に違いが生じるということは、圧という物理的な情報が細胞核に届くまでに化学的情報に変換されているということ。そこで、そのトランスレーターが何なのか、細胞核への作用を研究しています。

宮田 私の研究は、新たなナノ物質の開発や、物質の性質の理解、その物質をどのように活かせるかといった内容です。近年は1原子から3原子厚の薄い物質の膜が人工的につくれるようになり、世界的にも盛り上がっている研究です。私も薄膜の物質をつなげたり、重ねたりすることで電子の流れ方を制御するなど、新たな性質を持つ物質の開発に挑んでいます。また、応用に向けたひとつの目標としては、極めて小さい入力電圧で動く素子をつくること。CPUや微細なセンサーなどに使用するような半導体素子の開発などに今の基礎研究を繋げたいと考えています。

伊藤 物質の開発というのは、理論的な積み上げを経て行うのでしょうか。それとも、直感に従って合成させるような側面もあるのですか。

宮田 両方ですね。近年はマテリアルインフォマティクスと呼ばれるAIを用いた解析や開発も進んでいますが、AIで解析する対象となる母集団の情報が少ないケースもあるため、感覚的なところも重視しています。

【なぜ研究者に?】「博士」への憧れや知的好奇心が原点に

藤井 みなさんに、研究者を目指したきっかけもお聞きしたいです。私は子どもの頃から、白衣を着て試験管をのぞき込むような姿への憧れが強かったからです。

伊藤 私の幼少期には、テレビアニメのキャラクターなどで多才な「〇〇博士」が登場しては、危機を救う場面が多く描かれていました。幼心に社会的なステータスの高さを感じましたし、頑張って勉強していく先にそういう未来があると思っていました。また、中学校や高校時代にはSF小説をよく読みました。中でもアイザック・アシモフの『ファウンデーションシリーズ』は印象深いですね。仮想の学問分野ではあるのですが、人類の将来を予測する「心理歴史学」に大きなインパクトを感じ、学問を探究していこうとするきっかけの一つになりました。

宮田 私は純粋に理科が好きでした。『子供の科学』(誠文堂新光社)という雑誌はよく読みましたし、「なんでこうなるんだろう」と、自然界の不思議について理解したいという好奇心が旺盛だったと思います。また、私も小説はひとつのきっかけになっていて、ミトコンドリア遺伝子の反乱がテーマの『パラサイト・イブ』というSF 作品を読んだ際には、生命の神秘に惹かれました。ですので、最初は生物に興味があったんです。ただ、より根源的な原子の役割や物理への興味が大きくなり、大学と大学院はこの都立大で物理を学びました。

藤井 私のような生命科学の研究者は、実は物理や化学の研究者に対して憧れを感じる部分さえあるんです。というのも、生命科学は物理や化学と違って成熟した学問ではなく、その理由としては、生命科学がコペルニクス的な展開を経験していないからだと、長年いわれ続けているんです。私の学生時代には、生命はサイエンスが踏み込んではいけない領域だという感覚もあったほどです。そこから生命科学が発展したのは、根源的な物理や化学の知見を持つ研究者が踏み込んできてくれたからなんです。

伊藤 確かに、私の領域もシュレーディンガーをはじめとして物理学者の恩恵を受けていますからね。今後は、都立大でもより発展的な共同研究が進んでいくことに期待したいですね。

【サイエンスとは何か】新発見に向けたプロセスそのものに価値がある

宮田 藤井先生からサイエンスという言葉が出ましたが、私たち3人の分野は、対局にエンジニアリングがある自然科学としてのサイエンスになるでしょうか。この場合、生命や物質の成り立ちや、その基盤となる法則や仕組みを理解することがサイエンスの本質かと思います。ただ、そうだとしてもサイエンスとエンジニアリングの境界は曖昧ですし、どちらも“ 世界初!”のような新たな発見や価値、技術を生み出していくことは、共通のミッションですよね。すべてわかっていたら面白くないですし、私自身のモチベーションとなっているのも、試行錯誤や予想外の発見を繰り返しながら、未知の物性を理解したり、新たな物質を開発できたときの喜びです。

藤井 サイエンスは、決して一部の“天才” が突如として何かを見つけるような世界ではないんですよね。私もほんの小さなことでも新たな発見があればうれしいですし、それでガッツポーズをして、学生や共同研究者などと感動を共有できることがやりがいになっています。

宮田 一人では決して進められないのがサイエンスですし、ワクワク感を共有できる仲間がいると、さらに楽しくなりますよね。

伊藤 実験がうまくいかない理由を探ること自体も楽しく感じますし、当然、要因を突き止められればうれしいものです。ですから、プロセスそのものにもサイエンスの醍醐味があるのだと思います。

藤井 そういった考え方は、どんな方の影響が大きいのでしょうか。私の場合は、研究の仕方から心構え、論文の書き方まで、学生時代の指導教員に基礎を叩き込んでもらいました。

伊藤 私が影響を受けた存在は2 人いました。大学院時代の指導教官からは、「タンパク質や核酸などの働きをきちんと理解するためには、立体構造だけではだめで動的な性質(ダイナミクス)が大事なのだ」と教わりました。そのためにはX 線画像のようなスナップショットだけではなく、NMRも活用すべきだというわけです。その後、都立大に着任する前に在籍していた理化学研究所では、短期間留学した先のボスから方法論開発の大切さを学びました。この出会いが、新たな知見を生み出すために方法論の確立を目指す現在の研究にシフトしたきっかけになっています。

【サイエンスの重要性】歴史が物語る社会貢献性と存在意義

伊藤 私も含め、研究の楽しさが原動力のひとつになっているようですが、サイエンスを探究する研究者への風当たりの強さを感じることもありますよね。ただ、日本はそれなりに成熟した社会であるはずなので、ある一定数のサイエンティストを許容する社会であるべきだと私は思いますし、傲慢な考えかもしれませんが、自分たちの存在理由を常に主張していく必要性すらないと思うときもあります。サイエンスはサイエンスであること自体が重要だと思うからです。

藤井 「なぜそうなるのか」と疑問を持って観察し、仮説を立てて実験をして試してみるというサイエンスのプロセスは、自然科学分野に限らない世の中のさまざまなシーンで大事なプロセスだと思います。これは学生にも常日頃から話していますし、ここに着目するだけでも、サイエンスの意義は十分に説明できると思います。

宮田 言うまでもなく、かつては何の役に立つかわからなかった研究でも、現在その恩恵を受けている技術は少なくありませんので、過去を振り返ればサイエンスの重要性は明らかだと思います。同様に、現時点ではすぐには世の中に役立つ研究ではなくても、いつかは役に立つこともあるはずですので、知的好奇心を持って追究すること自体が普遍的に重要なのだと思います。サイエンスは仕組みを理解することであって、仕組みを理解しないとつくれないものばかりですからね。

伊藤 そこは学生にも十分に理解してほしいですね。また、私が強く思うことは、次代のサイエンスを担う存在となり得る都立大の学生に、もっと博士課程に進んでほしいということです。どこか自分で限界を決めてしまっていて、もったいない気がします。もっと自信を持っていいと思うんです。

宮田 例えば最近は利用できる奨学金制度も増えていますし、大学として研究者を目指す学生を応援する姿勢を効果的に発信していくことが必要ですね。

藤井 もう一点、教員自身がひとりの研究者としてとことん研究に突き進む姿を見せることが、学生を博士課程に送り込むカギのように思います。そして、何か成果が生まれれば、教員が学生と一緒になってガッツポーズできるような関係性を築くことが大切なのではないかと思います。

伊藤 そうですね。サイエンスの魅力を発信しながら、私たち研究者自身が、博士課程に進むメリットを体現して、研究の道でハッピーになれる未来像を学生に示していきたいですね。

ワタシの研究

藤井先生

糖(グルコース)は、全ての細胞にとって生きるために必要なエネルギー源ですが、骨格筋細胞は特別に例外で、むしろ糖が存在すると増殖が抑制されることを発見しました。このことは、高血糖が筋を衰えさせる要因であることを示唆します。


伊藤先生

タンパク質や核酸などの分子が実際に動いている環境である、生きた細胞中の解析が可能な、NMR(核磁気共鳴)という測定方法を使い、主にタンパク質の立体構造や機能、細胞内での動きなどを研究。NMRを用いた新たな測定法に関する研究も行なっています。


宮田先生

数原子程の究極に薄い厚さの薄膜や細線を作り、その物質を流れる電子や光に関連した性質などについて調べています。未知の物質を見つけ、その性質や応用を自由に探索できるのは物質科学の非常に面白い点だと思います。