しなやかに、したたかに、たくましく 「ぼくらはみんな生きている!」
今回登場するのは、生物の多様な行動や形態を研究する理学部生命科学科の岡田泰和准教授。遺伝子が同じでも条件の違いによって異なる生き方や容姿に帰結する「表現型の可塑性」の事例を紹介します。
岡田 泰和 准教授
Yasukazu Okada
理学研究科 生命科学専攻
アリに見られる順位行動は、サルやハチ、魚などでも確認でき、オオツノコクヌストモドキの“武器”とインスリンの関係は、鹿の角にも当てはまることがわかっています。こうした新発見が私の研究の醍醐味であり、今後も生物の行動や形態が変化する仕組みの解明を進めていきます。
女王アリに翅を切られても従順に献身的に尽くす働きアリ
沖縄に生息するトゲオオハリアリは、女王アリが自らの地位・順位を維持するために、新たに羽化してきた個体にある翅の痕跡器官、通称「ゲマ」を切除します。このアリではゲマの切除が女王アリと働きアリの序列を明確にする「順位行動」になっています。集団内では、産卵できる存在は女王アリだけという仕組みが構築されており、ゲマを切除されたアリは卵巣の発達が抑制され、交尾ができなくなるのです。
この過程では、女王アリと働きアリの体内で、遺伝子の発現パターン等に違いが生じます。女王アリは脳内でドーパミンレベルが上がるほか、腹部でもインスリンの発現が活発になり、繁殖が促進されます。一方で、働きアリではこうした変化は見られず、子育てをしたり、エサの収穫に出かけたりと、集団の利益のために役割を遂行。女王アリを頂点として、集団全体がバランスの取れた状態になっていきます。
強力な武器が不可欠!とも限らないオオツノコクヌストモドキ
オオツノコクヌストモドキという甲虫のオスには、縄張り争いやメスの奪い合いなどの“ケンカ”で武器となる大アゴや角があります。これらの成長には栄養条件が大きく影響し、幼虫の段階で栄養条件を変えて飼育すると、如実にその大きさに差が生じます。しかも、翅や交尾に必要な器官のサイズは、異なる栄養条件でもそれほどの違いは見られず、“武器”だけに影響を及ぼすことが特徴です。というのも、“ケンカ”をしなくても生き延びることはできるため、立派な大アゴや角は必ずしも不可欠ではない一方、翅や生殖器官は不可欠な器官。摂取した栄養分を投資する器官についての優先順位があり、資源の投資先がコントロールされているのです。
このメカニズムに関与しているのは、栄養条件に応じて細胞分裂や体の成長を促進し、各器官の成長を制御するインスリンです。実際、あるインスリンを実験的に減少させると、栄養条件が良好でも大アゴが成長しなくなります。大アゴだけがインスリンに応答する仕組みはよくわかっていませんが,受精卵やIPS細胞がさまざまな細胞に変わっていけることと同様に、武器を構成する細胞もまた、柔軟性が高く保たれていると考えられています。
昆虫も人間も「みんな違ってみんないい」
トゲオオハリアリの働きアリは、ゲマを切られても集団内で役割を果たし、オオツノコクヌストモドキのオスは、栄養条件が悪く大アゴや角が小さくても、“うまいこと”生活していきます。どんな個体も、しなやかに、タフに、たくましく生き延びていくのです。
また、アリの研究では、羽化してきた個体の背中と腹部にカラーマーキングをして行動を観察するほか、2次元バーコードを貼り付けて運動活性を解析することもあります。アリは、人でいう年齢に当たる“日齢”によって、体内に蓄えているエネルギー量に違いが生じ、行動も変わります。すべての個体が一斉に同じ行動をするというよりも、日齢に応じたエサの必要性に応じて順番に行動するシステムが自動的に構築され、全体の調和が保たれているのです。この個体間の“ばらつき”こそが、集団の利益と安定のカギ。違う行動をする個体が集まることで、全体としてロバスト、つまり堅牢・頑健なコミュニティになっているのです。ダイバーシティを重視する人間社会が参考にできる特徴といえるでしょう。