人の気持ちを察し気づかいのできるロボットを育てたい
下川原 英理 准教授
Eri Shimokawara
システムデザイン学部 情報科学科
人と人とを結びつけるロボット開発を推進
私の研究分野は、「ヒューマンロボットコミュニケーション」や「ヒューマンロボットインタラクション」と呼ばれる分野です。「目は口ほどにものを言う」という言葉がありますが、センサーを搭載したロボットが視線の動きのほか、脈拍や脳波などの生体情報を収集し、「心を通わせることができるロボット」として家族の一員になる未来を目指しています。理想は「人対ロボット」という構図ではなく、人のコミュニティに入り込み、人と人とを結びつけるロボットを開発すること。例えば、高齢者の孤独死が問題視される中、ロボットが心身ともに高齢者を支え、社会とのつながりを生み出すことで、QOLも高まると思うのです。
ただし、ロボットは全知全能ではなく、何でも知っているわけではいという点には留意すべきでしょう。1年後の天気など、正解のない質問をされたロボットは、「わかりません」とそっけない機械音声で返事をしてしまうかもしれません。そこで考えているのが、難しい質問をされても質問者の期待を損ねることなく、信頼関係を維持し続けいくための工夫です。ロボットがウソをつかず、しかも相手の気分を害することなく、「1年後はわからないけれど、晴れたら嬉しいね」と相手を納得させる回答ができるプログラムを開発したいのです。そのために心理学の知見も活用しながら、人間同士のやりとりを対ロボットに置き換え、気づかいのできるロボットを育てたいと考えています。
ロボットに振り回されると、自分の感情がわからなくなる!?
ロボット開発において意識しておくべきポイントには、「聞かれたことに答えるだけがロボットではない」という考え方があります。実際、私の研究室では、初対面で会話が弾まない人同士の気まずい雰囲気を察して会話を盛り上げるようにアプローチするロボットや、宿題を放置して親に叱られている子どもがいたら、やる気を起こす言葉を発する「コーチングロボット」の開発にもチャレンジしています。ロボットが人間の悩みや不安に気づき、声をかけて励ます未来は決して夢ではありません。既に、話題を途切れさせず、口下手な人よりも会話が上手なロボットは存在しており、その点ではロボットが人間を超えているとも言えますが、ここでも相手を不快にさせないように,ロボットの話し方には工夫が必要です。
一方で、私たち自身がロボットと接する際についても注意すべきポイントがあります。例えば、人間の自信の有無を生体情報から判定するロボットが誕生しつつあり、いわゆる「顔に出る人」は判定しやすく、「顔に出ない人」はロボットも判定しづらい傾向にあります。同様に、昨今は顔から感情を判定する“笑顔判定”が流行っているのですが、判定の根拠となっているのは欧米人の画像データに基づく機械学習モデル。アジア人では精度が落ちるとされています。にもかかわらず、その機能を搭載したロボットに気持ちを認識してもらおうと意識的に表情を変化させていると、自分の感情がわからなくなってしまう危険があるのです。ロボットを相手にした感情表現に慣れ過ぎると、人間同士のコミュニケーションを忘れてしまったり、人間の感情表現を理解できなくなったりする危険があるため、研究室ではその解決の糸口も探っていきます。
しかも、感情と表情の組み合わせは、コミュニティや家族、友達関係ごとに変わってくるものです。苦手な食べ物を口にした子どもの感情などは、普段から付き合っている親子だからこそわかるケースもあるわけです。そうだとすると、ロボットも家族や友人のように長く付き合えば理解できることが増えていくのか。「親しいから理解できる」のは何が要因であり、どうすればロボットがそのレベルに達するかについても研究していきます。ただし、ロボットは人間と同じことができればいいのか、人間ができないことをできるようにすべきであるのかは、難しく悩ましい問題です。
チームワークで研究を進め、コミュニケーションスキルも向上
次に紹介するのは、学生の研究内容です。学部生は、先行研究をベースにして実験の条件や対象者などを変更し、比較検討などを行います。たとえマイナスの結果になったとしても、その原因を探ることにも意義があり、次の研究につながる発見となります。
大学院生になると、人間とロボットの間で起こっている問題をはじめ、具体的な社会課題の解決に向けた研究に挑みます。自分なりに解決策を考え、実験計画の策定から実際の実験や検証、システムの修正、そして社会実装へと至る流れをプランニングします。例えば、コロナ禍で増えた遠隔でのコミュニケーションにおいて、会話を促進する雰囲気づくりに役立てようと、VR環境での感情の動向を推定する研究などがあります。最終的には、VR空間でのアバターや、現実空間でのロボットが会話をサポートするシステムの構築がゴールです。
こうした研究では、生体センサーから得られたデータを機械学習や人工知能の技術を駆使して処理しますが、大切なのは、いかに目的に合ったデータを抽出するかです。ビッグデータというよりも、スモールデータを確実に処理することが重要です。
また、そもそも研究は一人ではできないもの。プログラミング言語の知識が追い付いていない学生が、得意な学生とコラボレーションをして、補完的に共同研究に取り組むケースもあります。チームワークが不可欠ですし、自ずとコミュニケーションスキルも磨かれていくでしょう。加えて、実験計画の策定では、各自の得意分野や興味に応じた役割分担を行い、仲間と協力して実験を進めるまでの実行力も向上。さらには、他大学との共同研究に参画したり、学会や展示会などで発表を行ったりと、多様な経験を積みながら、幅広い分野で活かせる資質を磨いていくことができます。
低学年次からの積み重ねで本格的な研究に挑んでほしい
情報科学科では1年次後期からの演習授業をとおして、PythonやC言語などのプログラミング言語を学びます。私の研究室では、使用するハードによって使用する言語は異なりますが、プログラミング言語の知識や人工知能、機械学習への興味があれば理想的です。少なくとも2年次の「システムプログラミング基礎実験」や、3年次の「応用プログラミング実験」の内容は把握しておいてほしいですね。私の研究室を含め、多くの研究室で扱う基礎的な部分だからです。
とはいえ、研究室に配属されてから、大学院生が率先して学部生を指導してくれる光景が見られますし、アプリを使った交流や情報交換も盛んです。週に1回はすべての学生が集まって研究の進捗を発表する時間もあり、知識や技術面のほか、研究への取り組み方などに関しても、学生間で情報共有しながら高め合える雰囲気です。
最後になりますが、この分野に興味がある方は、ひとつの技術だけでなく、ぜひその周辺知識の習得も目指してみてください。例えば深層学習に興味を持ったのであれば、そもそも深層学習に必要な大量のデータはどのような技術を使うと入手でき、その後どのように活用されているのかなどにも注目してみてください。私も学生に負けないように新たな知識を吸収し続けていきますので、みなさんと研究室で知恵を出し合って、さまざまなロボットを開発していきたいですね。