Miyacology

石器に残る痕跡から旧石器時代の生活を紐解く「石器使用痕分析」

岩瀨 彬 助教

Akira Iwase
人文科学研究科 文化基礎論専攻
歴史学・考古学分野

石器のレプリカを作成し実際に使用して痕跡を確認

 私の主な研究対象は、4万年前から1万年前にあたる旧石器時代の日本列島。石器の機能や用途を推定し、それが人類の歴史の中でどのような意義があるのかを考えることが研究のテーマです。

 旧石器時代の遺跡を発掘すると、例えば「尖頭器」や「掻器」、「彫器」などと考古学者が呼ぶ多様な形の石器が出土します。石器が様々な形に作り分けられ、また時期や地域によって異なる形の石器が必要とされた背景を知るためには、その機能や用途が重要な手がかりとなります。では当時の人類は石器をどのように使ったのでしょうか。残念ながら土の中から、まさに石器を手に持った作業途中の人がそのまま発見されるような奇跡は望むべくもありません。

 石器は使うことで刃こぼれや刃先の摩耗が生じます。こうした使用の痕跡は、硬い物(角や骨)を削った時や、軟らかい物(肉や皮)を切った時で、その特徴が異なります。そこで石器の機能・用途を推定するため、石器と同じ種類の石材でレプリカ(実験石器)を多量に作成し、体系的な実験を行います。木の伐採や鹿角加工などを繰り返し行い、それぞれの使用痕を確認します。その後、遺跡出土の石器とレプリカの使用痕を比較しながら、当時の石器が用いられた作業を推定します。

使用痕は何を物語るのか

 一方で、木や鹿角の加工といった作業は、旧石器時代の生活として現代の我々でも想定可能な、ある種平凡な作業ともいえます。平凡な作業を解明する意義はどこにあるのでしょうか。私の研究の特徴は、こうした単なる石器の機能推定をこえて、その時代・その地域のなかで、石器がそのように使われる意義や背景を考察する点にあります。

 例えば、最も寒冷・乾燥化した最終氷期最盛期(LGM:約3~2万年前)の北海道には、細石刃石器群と呼ばれる一群が出現します。細石刃や彫器、掻器、錐器など豊富な石器が出土し、狩猟や鹿角加工、皮なめし、石の穿孔(装飾品の製作)など多様な痕跡が認められます。各種石器が特定の作業に専門的に使用されていました。一方、LGMの本州に出現する杉久保石器群と呼ばれる一群をみると、ナイフ形石器や彫器には狩猟や動物の解体を示す痕跡が多量に見つかる一方で、鹿角加工や皮なめし、装飾品の製作を示す痕跡はほとんど観察できません。また1つの石器が複数の作業に使用されていたことも判明しました。

 現生または極めて近い過去に存在した狩猟採集民をみると、専門的な道具や多様な道具は、食料資源の獲得をめぐるリスクが高い環境において好まれていたようです。このように考えると、北海道のLGM 細石刃石器群にみられる専門的な使用や多様な道具(骨角器や皮製品、装飾品)の製作を示す痕跡は、食料資源が偏在するリスクの高いLGMの環境に適応した技術や行動を表していると理解できます。またLGMの本州にみられる石器の使い方は、もう少しマイルドな環境に適応した技術・行動の特徴を反映しているのかもしれません。石器の使い方は、実は時代や地域、適応した環境によって大きく異なっていたと考えられます。

 人類の歴史のなかで、旧石器時代が占める割合は9割以上。高校の教科書ではほんの数ページしか学びませんが、そこには人類の歴史にとって新しい発見がたくさん隠されています。誰も知らないことにチャレンジするやりがいに溢れた研究分野です。