Miyacology

TAから生成AIまでリソースを効果的に活用し学生の成長を後押しする

コロナ禍を契機としたオンライン授業の急速な普及やChatGPTに代表される生成AIの台頭など、一大変革期を迎えている大学教育。高校までとは異なる学習環境に順応するためにTA(Teaching Assistant)の育成と活用などを訴える大学教育センターの椿本弥生准教授にお話を伺いました。

椿本 弥生 准教授

TSUBAKIMOTO Mio
大学教育センター 教学IR推進室

東京学芸大学教育学部卒業後、東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻博士課程修了。博士(学術)。東京大学大学院情報学環特任助教や、公立はこだて未来大学システム情報科学部准教授などを経て、2022年より現職。専門は教育工学。

より学びやすく、より教えやすく教育現場を変えていく

 私の専門は教育工学。幼稚園や保育園から、小・中・高・大学、さらにはいわゆる生涯学習まで、教育現場での学習者・教育者両者の問題解決を目指す学問領域です。テキストの理解に苦労する学習者や、指導方法に悩む教育者もいる中で、学術的かつ実践的な視点で効果的な解決策を研究しています。研究者自身が教育者でもある場合は問題点に気づきやすい一方で、教育者と学習者の双方が問題視していないものの、研究者が第三者の視点で授業などの現場を観察することで、解決すべき課題や学習効果が高まるポイントが見つかるケースもあります。

 また、教育工学は応用的な学問であり、研究者のバックグラウンドはさまざま。例えば、情報工学の視点に立ち、新たなツールの活用やシステムの開発によって教育現場を改善しようとする研究者もいれば、ゲームエデュケーションを専門とするゲーム型教材の開発者や、教員育成の専門家もいます。私は教育心理学や認知心理学の知見を活かし、実験や観察によって学習者の心理量の変化を分析するなど、人の認知ベースで問題を捉える立ち位置です。そして、あくまでも学習者を中心に据え、学習者自身がハッピーになる方法を重視しています。

コンピュータ任せでいいこともあれば、人が担うべきこともある

 私の研究の原点は、人に教えることの面白さや難しさなどへの興味。大学で教育心理学を学び、教職課程では小学校での教育実習も経験しました。また、学部時代の研究テーマは文章評価。大学入試に小論文を導入している大学は多くありますが、文章は正解がなく採点が難しいため、いかに公平に採点するのかが高校生のときから疑問でした。採点者の観点によって評価に差が生じる可能性は否定できないため、差が出やすいポイントを解明し、それらを軽減する方法を検討しました。導き出した答えは、評価に差が出やすい問題は人よりもコンピュータに採点を任せた方が効率的だということ。一方で、コンピュータが苦手とするデータに基づかない解答の採点は、人が丁寧に評価すれば、公平な評価につながると考えました。

 こうして大学院では、コンピュータを活用する教育工学の視点で文章評価の研究に挑戦。機械学習という言葉が一般的ではない時代でしたが、欧米では自動採点や自動要約の研究が進んでいたため、英語の論文を研究室の仲間と読み進めながら手探りで研究を進めました。これらが、後年の「Re(: アール・イー)」の開発につながっていきます。

時代を先取りするオンライン学習支援システムを開発

 大学院進学当時は、オンライン学習のプラットフォームが世に出始めた頃。それと同時に、アクティブラーニングへの期待も高まり、グループワークを取り入れたオンラインの授業スタイルも想定し研究を続けました。チャット機能を用いた協同推敲により、文章のクオリティを高める支援システム「Re:」を発表したのは2013年。多くの学習者にとっては、1回で精度の高い文章を書くことは難しく、読み直して修正する「推敲」のプロセスが不可欠。その際、自分以外がチェックすることで改善すべき点に気づける傾向があるため、グループ内で推敲し合い、文章の精度を高めることができる「Re:」を開発しました。【Web限定!】グループ編成では、内容・構成・表現という3つの評価軸で事前にテストを行い、得意分野の異なる学生3人を教員側が恣意的にマッチング。個々の得意分野と役割を明示した上で、表現力が優れている学生は他の2人の表現をチェックし、構成力を持つ学生はその観点で他のメンバーの文章チェックを行い、気づいた点はチャット機能を使って意見します。チャットで入力した内容はログとして記録されるため、教員はコメントの内容やコメント内容が反映された修正後の文章を分析。学生が他者のコメントにより自分の課題に気づき認識することで、苦手とする部分が着実に強化されていくことがわかりました。

 さらに2014年には文章作成の支援ソフト「eJournalPlus」も開発。「eJournalPlus」は小論文などの文章作成における課題文の理解度を高めた上で、自分の意見を書き足し、著者の主張と根拠、自分の意見を混同させずに文章作成を進めることができるのが特徴です。


(DOI)https://doi.org/10.12937/itel.1.1.Pra.p003

学生・教員に大きなメリットをもたらしてくれるTAの存在

 オンライン学習を支援するシステム開発を進めている一方で、私は大学教育におけるTAの活用も推進しています。事前準備が必要なため、TAに頼らず一人で授業をする方が効率的だとする教員もいますが、授業観察をすると、TAの活用が望ましいと思える場面は多々あります。【Web限定!】適切なトレーニングを受けたTAは、教員と学生の双方を着実にサポートできます。トレーニングは、「TAとは何か」「学修支援とか何か」といった教育理論に関わる内容のほか、「すべきこと」「すべきでないこと」などの倫理的な側面や、障害のある学生への配慮なども含まれます。トレーニング前後で教育効果を比較・分析すると、学生による授業評価アンケートでも満足度が向上するのです。教育現場は、単元や授業ごとに目指す目標があり、目標達成までのアプローチは少人数クラスと大人数クラスでは異なり、また学生の知識量や理解度によっても異なります。言わば無限のアプローチがあります。学習の進捗状況や達成状況を可視化したルーブリックなども活用されていますが、こうした作業を丁寧に進めていくためにもTAの活用が有効なのです。

 そこで都立大では、2023年4月からTA活用に向けた新たなプロジェクトをスタートさせました。支援対象を大学1年生とし、予習・復習・自習といった授業外学習をサポートするTAの育成を順次進めていきます。先輩が自らの経験談も交えながらアドバイスを行い、大学ならではの勉強方法のお手本を示すことで、学習に対する心理的な障壁が低くなり、モチベーションが上がりやすいのです。【Web限定!】高校から大学に進学すると授業内容の抽象度が上がり、レポート課題ではアカデミックライティングが求められます。また、大学では時間割を決めるのも自分自身。自分で学習時間をコントロールする必要に迫られ、少なからずの1年生が戸惑いを感じます。教員も指導をしますが、立場の近い“先輩”学生がTAとして寄り添う方が心理的にも安心でき、耳にも入りやすいもの。 実際、毎年一定数の1年生は「勉強方法がわからない」「やる気が出ない」といった悩みを抱えます。そんなときに足を運んでほしいのが、南大沢キャンパスにある図書館です。1階には対話をしながら勉強もできるラーニングコモンズが新たなに設けられており、そこでTAが個別の相談相手となります。

学びの主体はほかでもない自分自身。生成AIは適切な活用方法が求められる

 昨今、教育現場で活発に議論されているのが、「ChatGPT」をはじめとする生成AIの活用方法。学生が生成AIにレポートを書かせるケースも考えられるため、教員からは「見破る方法はないのか」「どうすれば完全に禁止できるのか」といった声が聞かれます。ただ、私は完全に禁止する必要はないという立場。授業によってはChatGPTの使用を許可することもあります。「正解らしき回答をするヒント出し機」でしかないと考えているため、上手に活用すればいいと思うのです。

 もっとも、学生が難解なテーマや課題に向き合った際、それを難解だと感じること自体も大切なこと。そこから努力して自分なりに理解できたときの喜びや、学ぶ喜びを感じてほしいのです。レポート作成でも、自分で書くからこそ気づけることがあり、理解度やモチベーションが高まっていくもの。生成AIのように見た目が整った文章はすぐに書けなくても、試行錯誤しながら書くことに意義があるのです。生成AIを使えば時間短縮にはなりますが、読み書きの主体はあくまでも自分自身。それをAIに委ねることは極めてもったいないことなのだと、学生には認識してほしいと思っています。

【Web限定!】テキストマイニングをするとよくわかりますが、文章にはその人らしさが出るものです。句読点のつけ方や、接続詞や助詞の使い方などには個性があり、AIでは出せない味わいを感じさせるほどです。そんな自分らしい文章に愛着を持ち、大切にしてほしいですし、自分の文章を大切に考えれば、読み書きが身近になり、楽しみにもなるはず。「Re:」のようにチェックしてもらう相手がすぐに見つからない場合には、生成AIに推敲してもらうような使い方も否定しませんが、すべてを委ねてしまったら、自ら楽しみや進歩を放棄するようなものなのです。