家族の見えざる課題を可視化して、適切な支援につなげていく
大瀧 玲子 助教
Reiko Otaki
人文科学研究科 人間科学専攻
心理学・臨床心理学分野
当事者のナラティブ(語り)を聞く 「質的研究」を重視
私は臨床心理士や公認心理師としての現場経験をベースにして、知的障害を伴わない発達障害児・者やその家族、とりわけきょうだいへの支援のあり方を研究しています。支援に関する議論の多くは、障害児・者と母親の関係にフォーカスされがち。一緒に育っていく中で兄弟姉妹も自身の役割に葛藤し悩みを抱えることがありますが、親自身も兄弟姉妹を気にかけながら現実には手が回りきらないことも多いです。
そこで私は、時に親よりも長く障害児・者と付き合う関係にある兄弟姉妹のライフストーリーに焦点を当て、体験や悩みを可視化する研究を進めています。発達障害は障害の可視性が低く、個別性が高いため、画一的な支援では家族の悩みを解消するには不十分。当事者にインタビューをして、その人の語りである「ナラティブ」を研究することで、どのような支援が有効であるかを明らかにしたいと考えています。
もちろん、兄弟姉妹だからといって一律に支援が必要なわけではありませんが、いざというときに必要な支援を提供できる体制が整っていることが理想です。障害者家族を社会で支える環境をつくっておくことが重要ですし、また支援を充実させるためにも当事者の多様な体験やニーズを明らかにする「質的研究」が必要なのです。
一方で私は、離婚を経験した親子への支援にも取り組んでいます。離婚前後は両親ともにストレスを抱えて余裕がなくなり、環境変化も大きく、多くの家族が子どものケアに迷いを抱えます。離婚後の家族のかたちについて情報が不足していることも解決すべき課題です。子ども視点での離婚の影響をはじめ、想定される出来事に適切に対応するためには、専門家による親子双方を対象とした支援も必要でしょう。アメリカでは、離婚という家族形態の移行期に適した心理教育プログラムが設計され、親子双方の受講を必須とする州もあるほどです。
しかし日本では、必要な人に必要な情報が行き渡っていないのが実情。現在は支援を届ける仕組みづくりを進め、親子向けの心理教育プログラム「FAIT (Families in Transition)」を展開するほか、今後は学校の先生をはじめ、日常的に子どもと直接関わる専門家に向けたワークショップの開催なども充実させていく予定です。
米国で開発された離婚前後の家族を対象とする心理教育プログラム『FIT(Families in Transition)』のリーフレット
心の問題を特別視しない 社会構築に貢献にしたい
臨床心理の現場で行われているのは、まずは相手の状況を把握し、問題の構造を理解する「心理アセスメント」。次に、心理的な安定をもたらす環境や人間関係の調整など、問題解決にむけて具体策を講じる「介入」です。その際に私は、家族や関係性の視点から問題にアプローチする「家族心理学」を専門としています。ただし、心の問題には唯一の正解がありません。表面的には似た事例でも、その背景は多様で、個々の事例の深い理解が不可欠です。生じている問題に対する客観的な評価とともに、その心理的背景や関係性の歴史を紐解く必要があります。その際には、既成概念や思い込みは一旦横に置き、“わかったつもり”にならないことも大切です。問題や困難がその人にとってはどのように体験され意味づけられているのか、対話を重ねながら、解決を探っていく姿勢が求められるのです。
また、当事者の努力だけでは解決が難しいことも多く、社会がどう支えるかという視点も大切です。社会の情勢や構造、法制度、福祉行政なども密接に関わるからです。その点、2015年に国家資格として公認心理師資格が設けられたことは、心の問題に国が力を入れている証。世間でもメンタルヘルスを重視し、ストレスチェックが普及するほか、スクールカウンセラーも増えています。カウンセリングや心理相談への抵抗感や敷居が取り払われ、人々が“相談しやすい”環境になってきていることは確かです。目指すは、心の問題を特別視しない社会づくりです。心理学を学ぶと、臨床だけではない多様なフィールドで活かせるものの見方や、人の心を思いやる姿勢、さらには統計的なスキルも身につきますので、興味があればぜひチャレンジしてください。
博士論文をまとめた『知的障害を伴わない発達障害児・者のきょうだいの体験に関する研究:目に見えない障害とどのように向き合っていくのか』(風間書房)。インタビューを行った複数の事例を紹介している。
地域に向けてカウンセリング支援を行っている「心理相談室」。臨床心理学を専攻する大学院生が、心理資格をもつ教員に指導を受けながら相談員として心理相談を行っている