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超伝導と熱制御で未来を切り拓く~偶然の発見から生まれた熱制御技術が描く、次世代エネルギー社会への道筋~

理学研究科物理学専攻の水口佳一准教授は、超伝導体 の研究から始まり、現在では「超伝導体を用いた熱制御」という新領域を開拓しています。偶然の発見から生まれた負の熱膨張現象の解明を通じて、温度変化に対して極めて安定な新材料の開発と、熱の流れを自在に操る革新的技術の確立に挑んでいます。

水口 佳一 准教授

MIZUGUCHI Yoshikazu
理学研究科 物理学専攻

1983 年生まれ、横浜市出身。2010 年7月筑波大学大学院数理物質科学研究科物質材料工学専攻博士課程修了、博士(工学)取得。日本学術振興会特別研究員(DC2、PD)、物質・材料研究機構研究員を経て、2011 年4月首都大学東京大学院理工学研究科電気電子工学専攻助教、2017 年4月より現職。2018 年4 月~2021年3 月および2023 年4 月~現在まで東京都立大学先導研究者。

物理への道のりと超伝導研究への情熱

【Web限定】1983年に生まれ横浜で育った私は、裏山での基地作りや工作に夢中になる子どもでした。両親が筑波大学出身で、特に母が理学系の化学専攻だったため、小さな頃からベンゼン環の話を聞くなど、無意識のうちに科学に興味を持つ環境にいました。2002年に私も筑波大学に入学し、2年次に物理学専攻科を選択したのは、化学と物理のどちらにも興味があったものの、物理の方がより基礎的で広がりがあると感じたからです。修士課程は筑波大学の物理学専攻で過ごし、博士課程では物質・材料研究機構が持つ特殊な筑波大連携専攻に進学しました。この選択が、後の研究スタイルの基礎を築くことになりました。

最初の大きな転機は、2008年に鉄系超伝導体が発見されたことです。ちょうど博士課程に進学したタイミングで、この分野では世界中で激しい研究競争が展開されていました。基礎研究だけでなく応用を見据えた研究の可能性に満ちており、私は迷わずこの研究競争のなかに飛び込んだのです。2011年、首都大学東京(現・東京都立大学)の電気電子工学専攻に助教として着任することになりました。これは理学系から工学系への転身という、私にとっては予想外の展開でした。学生として理学系で受けてきた教育と、教員として工学系で教えなければならない内容が全く異なっていたため、最初は戸惑いました。例えば、電気回路の実験など、理学部では1〜2週間程度しか学ばない内容を、工学部では2年間みっちりと教える必要がありました。。

しかし、 着任1年目に硫化ビスマス(BiS2)系層状超伝導体を発見したことで、状況は一変しました。この発見により、教育面での苦労はありましたが、研究に集中する決意を固めることができたのです。発見を報じた論文は現在500回以上引用され、世界中で多くの関連研究が発表されるインパクトのある成果となりました。これらの実績により、2017年に物理学専攻准教授として理学系に戻ることになり、現在に至っています。

偶然が導いた熱膨張研究の新天地

現在の私の主要研究テーマの一つである「負の熱膨張現象」の発見は、まさに偶然の産物でした。きっかけは、バングラデシュからの留学生が取り組んでいた「ハイエントロピー型超伝導体」の研究です。これは5 元素以上を混合した新しいタイプの超伝導体で、当時世界中で注目されていた分野です。超伝導体データベースを活用して、コバルト-ジルコニウム系の物質を選択し、東北大学との共同研究で中性子実験を行いました。当初の目的は磁性の有無を調べることでしたが、予想に反して磁性は出現しませんでした。しかし、副次的に結晶構造の温度変化を調べていた際に、驚くべき現象を発見したのです。300Kから50Kまで温度を下げると、通常の物質とは逆に、特定の軸方向で巨大な負の熱膨張が起こることがわかりました。一般的に物質は冷却により収縮しますが、この物質は特定軸方向に膨張するのです。この発見は、偶然ではありますが、研究では「違和感を見過ごさない」ことを心がけているので、それがこの現象の発見につながったことは間違いありません。

変化はグラフに表れる。わずかな違和感を見逃さないことが大事(写真はイメージ)

独自技術による熱制御の革新

実験用に金属を調合しているところ 実験用に金属を調合しているところ

負の熱膨張現象の発見を出発点として、私たちは段階的に技術開発を進めました。最初に取り組んだのは、組成制御による熱膨張の調整でした。コバルト-ニッケル置換(Co₁-xNixZr₂)により、負の熱膨張と正の熱膨張のバランス点を探索し、特定組成でゼロ熱膨張を実現することに成功したのです。これにより、温度変化に対して大きさがほとんど変わらない材料を作ることができると確信しました。

この時点ではゼロ熱膨張は特定の結晶軸方向のみでしたが、最近では、数万気圧(10ギガパスカル)の条件下で、負の熱膨張は維持しながら正の熱膨張方向を抑制し、体積変化をほぼゼロにすることに成功しています。今後は、単一材料でゼロ熱膨張の実現を圧力の印加無しで目指していきます。これが実現すれば、超伝導デバイスの信頼性の向上を図ることができます。

そして、最近では熱流を制御する熱制御技術に超伝導を利用する新しい取り組みを行っています。「不揮発性を持った磁気熱スイッチ材料」と「熱ダイオード」という二つの画期的な技術の開発にも成功しています。磁気熱スイッチ材料は磁場を印加することで機械的接触無しに熱伝導率を大幅に変化させられる材料で、世界中で研究が進められています。相分離系超伝導体を使うことで、磁気熱スイッチを不揮発動作させることに世界で初めて成功しています。熱ダイオードは一方向のみに熱をよく通すという、熱制御に重要な新技術で、バルクスケールの超伝導体を利用した熱ダイオードとして、世界で初めての実験的観測に成功しました。これらの超伝導体を用いた新しい熱制御技術では、超伝導転移により熱伝導率が劇的に変化することを利用して熱の流れやすさや整流効果を得ています。

私たちが合成した遷移金属ジルコナイドは超伝導体として知られていました。また、不揮発磁気熱スイッチを観測したのは、実は市販のSn-Pbハンダです。よく知られた材料に新たな機能性を見出すことは、超伝導体の応用の可能性をさらに広げるものだと考えており、そのような新たな側面を自ら見出す研究は非常にやりがいがあります。私たちの材料開発研究では、結晶構造、元素置換や圧力条件の調整、さらには試料中の不純物や相分離状態など、工夫次第で幅広い特性制御が可能で、それも面白さの一つです。

幅広い応用分野への展開

私たちの負の熱膨張に関する技術は、例えば、超伝導デバイス自体の耐久性向上に貢献します。現在、超伝導接合を室温で作製して極低温で使用し、また停止時に室温に昇温されるため数百℃の熱サイクルを経験するため劣化が大きな問題になりえます。私たちの学生実験装置(超伝導接合による物性実験)も頻繁に壊れてしまった経験があります。しかし、熱膨張をほぼゼロにした超伝導体を使用すれば、このような問題を根本的に解決できます。

また、熱スイッチや熱ダイオードに関する技術については、低温環境での精密熱管理への応用が検討されています。量子コンピュータ分野では、極低温での熱回路制御が重要な技術となります。電気回路と統合した熱制御システムにより、量子ビットの安定動作に貢献できる可能性があります。現在の量子コンピュータは極低温環境で動作するため、精密な熱管理は不可欠な技術です。

今後の研究展開と産業連携への期待

現在、上記と異なる研究の発展方向として「水素化合物の超伝導研究」に注目しています。水素エネルギー分野での注目も背景にありますが、科学的には軽い水素の高い振動エネルギーが室温超伝導実現の鍵となる可能性があると言われています。実際、現在260K(-10℃)までの超伝導が達成されていますが、200 万気圧という高圧条件が必要です。私たちの戦略は、まず圧力条件を緩和して実用化への道筋をつけること、そして水素を新たな制御パラメータとして活用することです。室温超伝導が常圧下で達成されれば、超伝導体を用いた熱制御技術が室温近傍でも利用できるかもしれません。そうなると、現在の熱制御技術では達成できないような機能をデバイスに付与できる可能性があります。

企業との連携についても、今後積極的に進めたいと考えています。特に、新規分野開拓に取り組む志の高い企業との連携を期待しています。熱制御技術は全ての低温デバイスに応用可能な基盤技術であるため、一緒に可能性を探っていただける企業があれば理想的です。また、私たちの現時点での研究では超高純度金属(99.999% 以上の5N純度)が実験材料として必要になるので、超高純度材料を提供していただける企業との協力関係を築ければ、研究の幅がさらに広がるでしょう。

恵まれた研究環境と自立心の高い学生が強み

世界中で使用されている低温測定装置。研究設備は充実している 世界中で使用されている低温測定装置。研究設備は充実している

【Web限定】研究設備で特筆すべきは、1.8Kまで冷却可能であり磁場制御も全自動で行える物性評価測定装置(PPMS)です。これは本体だけで1億円はするとても高価な装置で、世界中の物性物理学者が使用している測定機器です。この装置により、超伝導体の電気抵抗がゼロになる現象や、磁場をかけた時の変化、熱伝導の変化などを精密に測定できます。このような低温測定装置を本学科では複数所有しており、研究開発スピードがとても速いです。

また、0.1mgまで測定可能な電子天秤や、原子の並び方を解析するX線回折装置など、材料の基本特性から最終的な物性評価まで一連の測定が可能な環境が整っています。

また、都立大学の学生は非常に真面目で自立性が高く、特に熱膨張研究では博士課程の学生が初期段階から自立して実験を進めています。学生たちとは常に研究アイデアを共有し、思いついたことを即座に議論できる環境を作っており、この自由な発想と積極的な実験への姿勢が、予想外の発見を生む土壌となっています。毎年何らかの新たな発見をしているため、学生たちとは「今日は何が発見できるかな」という期待感を共有しながら研究を進めています。研究に没頭していると、日常の風景が全て研究対象に見えてくることがあります。ガードレールが結晶構造に見えたり、雲が負の熱膨張のグラフに見えたりするほどですが、そこまで真剣に、情熱を傾けて取り組んでいる私たちの研究が、将来の超省エネ社会の実現に少しでも貢献できることを心から願っています。