見えない光が拓く未来─波長280nmまでの深紫外線を通す透明電極で社会課題解決に挑む
私たちの身の回りには、目に見えない光が数多く存在しています。理学研究科の廣瀬靖教授は、深紫外線という特殊な光を透過する透明電極を開発し、殺菌・浄化技術の効率化を目指しています。北海道の雄大な自然の中で育った廣瀬教授が、偶然の出会いから始めた研究は、今や社会の安全と健康を守る重要な技術として注目を集めています。
廣瀬 靖 教授
HIROSE Yasushi
理学研究科 化学専攻
東京大学大学院新領域創成科学研究科にて博士(科学)取得。神奈川科学技術アカデミー、東京大学大学院理学系研究科を経て、2022年より東京都立大学大学院理学研究科教授。専門分野は固体化学、薄膜工学。
北海道の自然から材料科学への道
【Web限定】東京の佃島で生まれた私は、幼少期に北海道に移住し、十勝地方の雄大な自然に囲まれて育ちました。高校まで北海道で過ごした後、東京大学工学部に進学し、化学反応を10兆分の1秒という非常に短い時間スケールで観察するための計測手法に関する基礎的な研究に取り組みました。
大学院でも同様の研究を続け、東京大学の新領域創成科学研究科で博士号を取得したのですが、すでにある物質を調べるだけでなく、自らの手で新たな物質を作り出したいと考え、材料化学の分野に進みました。その後、神奈川科学技術アカデミー、東京大学理学部を経て、現在に至るまで、金属酸化物をはじめとする固体化合物を原子・分子レベルで積層する薄膜合成の研究を続けています。工学部は応用研究、理学部は基礎研究と考える人も多いと思いますが、私の場合は、理学部に所属することで実用的な材料の研究も行うようになりました。工学と理学の境界はそれほど明確ではないと感じています。
一通の電子メールからはじまった研究開発
私が現在取り組んでいるのは、「深紫外光透過型透明電極」の開発です。透明電極とは、その名の通り、光を透過しながら電気も流すことができる材料で、発光ダイオード(LED)やスマートフォンのタッチパネル、ディスプレイなど、私たちの身の回りで広く使われています。
しかし、従来の透明電極は人間の目で見える「可視光」しか通さず、紫外線や赤外線といった見えない光は吸収したり反射したりしてしまいます。特に、紫外線の中でも波長の短い深紫外線とよばれる光は、強力な殺菌効果を持つにもかかわらず、既存の電極材料では有効活用が困難でした。私はもともと、可視光や赤外線を透過する透明電極を研究していたのですが、私たちの論文を読んだ海外の研究者から、共同研究を申し入れる電子メールが届いたことをきっかけに、殺菌や水の浄化といった社会的ニーズの高い分野でこの技術が求められていることを知り、何か貢献できることはないかと考えるようになりました。
試行錯誤から生まれた材料設計の突破口
私が着目したのは、酸化スズという物質でした。この物質は透明電極の材料として古くから知られていて、市販されている太陽電池の電極にも使われていますが、深紫外線用の電極材料としてはほとんど研究されていませんでした。研究の最初の段階では、酸化スズと同じ結晶構造を持ち、深紫外線を良く透過する酸化ゲルマニウムという別の材料を混ぜ合わせてみました。酸化ゲルマニウムは高温で揮発しやすいという問題がありましたが、試行錯誤を繰り返すことで得られた薄膜は、予想通り深紫外線を良く通すことがわかりました。ただし、透明電極として使うためには十分な導電性も必要です。

右がこれまでの透明電極、左が新しく開発した透明電極
そこで技術の核心となったのが、タンタルという元素を添加して、電流の担い手である電子を増やす手法です。酸化スズを用いた透明電極では、導電性を高めるためにアンチモンという元素がよく使われていましたが、アンチモンの電子は、酸化スズ中の電子の通り道と同じp 軌道という状態にあるため、両者が混ざり合うことで電子の流れを阻害してしまいます。一方、タンタルの電子は、d 軌道という異なる種類の状態をとっています。d 軌道はp 軌道と混ざりにくいため、電子の流れを邪魔することなく導電性を向上させることができるのです。この理論的な背景に基づいてタンタルを選択したことで、深紫外線に対する透明性と導電性を両立することに成功しました。最近では、取り扱いが難しいゲルマニウムを用いない電極も開発しています。
電極の作製方法も重要なポイントです。私たちは、酸化スズやタンタルを混合したペレットをレーザーで蒸発させ、基板上に堆積させる気相成長法とよばれるプロセスを使っています。電極の組成や厚みを原子レベルで精密に制御できるため、高品質な膜が合成できます。
社会実装への道筋
この技術の有望な応用分野の一つは、深紫外光源の効率向上です。現在、紫外線を用いた医療器具の殺菌や飲料水の浄化には水銀ランプが使われていますが、水銀の毒性や装置の大型化などの問題があります。深紫外線LEDは、これらの問題を解決する次世代技術として期待されていますが、効率がまだ十分ではありません。
LEDでは、ダイオード内部で発生した光を外部に取り出すときに電極を通る必要があります。従来の透明電極では深紫外線が吸収されてしまうため、せっかく作った光を外に取り出すことができず、効率を低下させてしまうのです。しかし、私たちの開発した透明電極なら、波長が280ナノメートルまでの深紫外線を効率良く透過させることができます。
この技術によって、手のひらサイズの小型殺菌装置や、バッテリー駆動のポータブル水浄化システムを高効率化し、衛生環境の良くない地域や医療現場、さらには家庭でも使えるような、身近で手軽な殺菌・浄化技術に貢献できればと期待しています。
基礎研究から社会貢献へ
現在の課題は、ウイルスや細菌を効率的に殺菌することができる、さらに波長の短い深紫外線への対応です。これまでの材料開発の延長で実現できるのか、全く新しい発想が必要になるのかわかりませんが、ぜひ実現したいと考えています。
私たちの研究対象は、透明電極だけではありません。異なる種類の結晶を交互に積み重ねて原子配列を制御した「人工超格子」や複数の陰イオン(アニオン)を含む複合アニオン化合物をはじめとして、天然には存在しない物質の探索や機能開拓に幅広く取り組んでいます。
研究の醍醐味は、予期しない発見にあります。黒鉛とダイヤモンドは、どちらも炭素からできていますが、結晶の構造や性質が全く異なります。同じように、良く知られた元素の組み合わせでも、作り方を工夫することで、思わぬ構造や機能を持つ物質ができることがあります。そうした物質の中に画期的な性質を持つ材料が隠れているかもしれません。材料化学には、宝探しのような面白さがあります。
産学連携への期待
私たちの得意分野は、新しい物質の合成やその機能の探索です。私たちが見つけた材料を実際に製品化して社会に役立てるには、企業の皆さんの協力が不可欠です。今回開発した透明電極は、実用的な材料である酸化スズを母材としていますが、製品化に必要な大面積の電極作製技術や製造コストについては、企業の皆さんと共同で検討していく必要があります。
また、私たちが予想しない思わぬ分野での応用のアイデアにも期待しています。現在、深紫外透明電極の応用先としては、光センサーやLEDが考えられていますが、全く違う発想の提案をいただけると、研究者として非常に刺激になります。
技術と社会の架け橋
【Web限定】研究者として大切にしたいのは、技術と社会をつなぐ役割です。基礎研究そのものは、社会に直接貢献することは難しい。しかし、様々な分野の専門家と連携することで、人々の生活を豊かにする技術に発展させることができます。
研究の主役である大学院生の皆さんには、自らの手を動かして何かを作り上げる喜びを知ってもらいたいと考えています。予想を立てて、実験によって検証し、うまくいかなければ原因を突き止める、という研究開発の基本的なサイクルを楽しみながら身に付け、社会で活躍して欲しいです。
私たちの研究は、見えない光を通して未来を切り拓く挑戦です。基礎研究の積み重ねから生まれた技術が、やがて私たちの生活をより安全で健康的なものに変えていきます。将来的には、エネルギー問題や環境問題の解決に繋がるような材料を開発したい。そのために、今日も研究室で新たな材料の探索を続けています。

