「太陽風」が吹くことで天体が放つX線を分析し太陽系環境を解明する
江副 祐一郎 准教授
Yuichiro Ezoe
理学研究科 物理学専攻
GEO-X計画では世界初のX線による地球磁気圏分析に挑戦
太陽が起こす高エネルギー現象「太陽風」をご存知ですか。太陽から吹く秒速数百kmに達するプラズマで、地球に吹き付けています。地球の磁場が太陽風の侵入を防ぎますが、一部は磁場の勢力範囲である磁気圏に侵入し、宇宙飛行士の健康に影響するほか、地球の磁気に作用して地上の発電所をダウンさせた事例もあります。一方、一部の太陽風は地球の磁極に流れ込み美しいオーロラを発光するなど、人々の色々な面に影響を及ぼします。こうした太陽風の情報は「宇宙天気」として公的機関も発信しています。
そうした中、X線天文衛星の高感度化が進んだ2000年代以降、太陽以外の太陽系天体から次々とX線放射が見つかり発光メカニズムまで判明してきています。例えば木星には、地球の500-1000倍という巨大な磁気圏があり、太陽風をバリアしています。ただし、一部が磁気圏に進入することで発光する高エネルギー粒子からX線が発見されています。また、火星は地球や木星と比較すると磁場が弱いためプラズマ流が進入しやすく、太陽風や紫外線によって蒸発した大気とプラズマ流が衝突します。このときに起こる電荷交換反応と呼ばれる現象によりX線が出ることがわかっています。
このように、太陽系には太陽風に起因すると考えられるX線現象が数多く存在します。都立大でもX線天文衛星「すざく」の10年間分のデータ分析を進めており、木星、火星、彗星、月、地球周辺でのX線発光を世界に先駆けて研究してきました。太陽系天体からX線が発せられる要因を分析すると、惑星や太陽系環境の実態、太陽とその他天体との相互作用がわかります。また、こうした宇宙プラズマ現象を理解することは、宇宙空間での元素合成の経緯や高エネルギー粒子起源の解明にもつながるのです。
そして、ほかならぬ地球の磁気圏やX線の構造を解明すべく準備を進めているのが「GEO-X計画」です。GEO-Xは、超小型の探査機に超小型の観測装置を搭載し、最速で2023年頃の打ち上げを目標にしています。この計画では、地球磁気圏外から、世界で初めてX線を用いて地球の磁気圏を観測し、目には見えない磁気圏の大局的な構造を可視化することで、宇宙における地球環境を理解しようとするものです。
ほぼインハウスで作る独自の「超軽量X 線望遠鏡」。2019年に、JAXAの「宇宙科学技術ロードマップ」で『獲得すべきキー技術』のひとつに選ばれた。この望遠鏡は GEO-X にも搭載を予定している。
GEO-X 計画で大型ロケットへの相乗りをめざす衛星(左)と、観測の実現が期待される地球磁気圏のイメージ図(右)。地球の磁気圏外から磁気圏構造の大局構造を可視化できれば世界初となる。
「太陽系X 線天文学」の確立を目指す
私は、学生時代に天体物理と衛星開発を学び、宇宙の高エネルギー現象に興味を持って以来、「誰も見たことのないデータを見たい。発見したい」という思いを持ち続けてきました。現在は、X線の解析によって太陽系の謎を解明する「太陽系X線天文学」という新しい学問分野の確立を目指しながら、GEO-X計画などを通して学生にもさまざまな経験を積んでほしいと考えています。
私の研究室で学生が最初に挑むのは、「ものづくり」です。デバイス作りの知識だけでなく、どのようなデバイスを使ってどのような目的を達成するのか、観測計画やミッションを考え、必要となるデバイスの製作にチャレンジします。というのも、詳細が不確かな現象があったときに、それがノイズなのかX線放射の一部なのかを見極められるか否かは、デバイス次第。宇宙からのシグナルを確実に収集するためには、装置の特性を熟知しておく必要があるのです。例えばシリコン基板に微細な加工を施した高解像度の望遠鏡を開発しています。
一方、打ち上げ環境を想定した振動試験や音響試験、宇宙空間を想定した放射線試験など、JAXAをはじめとする外部機関と連携した試験も経験できます。さらに「ものづくり」と並行して、人工衛星を使った観測データの解析による天体の研究も行っています。こうした研究で学外の専門家と交流を重ねれば、コミュニケーション能力やチームワークも養われます。卒業生は宇宙分野に限らず、さまざまなフィールドで活躍しています。どのような世界に進んでも通用するスキルを身につけてもらいながら、今後の宇宙開発に力を発揮できる人材の育成にも力を注いでいきたいと考えています。