Miyacology

オス化・メス化を司る性決定遺伝子と性染色体の謎に迫る

野澤 昌文 准教授

Masafumi Nozawa
理学研究科 生命科学専攻

参考:令和4~6年度科学研究費助成事業 学術変革領域研究(B)
「性染色体サイクル:性染色体の入れ替わりを基軸として解明する性の消滅回避機構」Webサイト

性染色体の退化はハエとヒトに見られる共通項

 オスかメスかという性別を決める「性染色体」が辿ってきた変遷について、複数の種のショウジョウバエを使って研究しています。性決定には生物によって多様なシステムがありますが、性染色体を使う生物は、ヒトやショウジョウバエを含めて数多く存在しています。

 性染色体は、常染色体という2本で1対の染色体の片方が、性決定遺伝子を獲得することでつくられます。その際、オス化を司る遺伝子を持つ性染色体をY染色体とすると、もう一方はメス化を司るX染色体になります。その際、常染色体から性染色体になってから遺伝子の組換えが起こると性決定に支障を来たすため、生物の体内では組換えを抑制するメカニズムが進化してきました。

 組換えとは、悪い突然変異が生じたときに、それを種から効果的に排除するための機構です。組換えをしなければ、悪い遺伝子の蓄積が進行して性染色体が退化し、遺伝子の喪失にもつながります。実際、Y染色体では有害な変異が蓄積し、遺伝子が破壊されてきているのです。

 例えばヒトの性染色体は約2億年前につくられ、当時の常染色体には1000個以上の遺伝子がありました。それがX染色体とY染色体に変わった後、X染色体には現在でも約1000個の遺伝子がある一方で、Y染色体は約1億年前から退化が進み、現在では数十個の遺伝子しか残っていません。どの性染色体も単一起源というわけではなく、ヒトの性染色体とショウジョウバエの性染色体の起源は全く異なるのですが、退化自体は共通の傾向として確認できます。

 なお、どんな生物も子孫を残すためには生殖行動が必要不可欠。生殖に関わる遺伝子や精巣をつくる遺伝子などは残っているからこそ、ヒトをはじめとして多種多様な生物が存在しているのだと考えられます。

 また、X染色体とY染色体で遺伝子の数に不均衡が生じると、X染色体を1本しか持たないオスに不都合が生じそうなものですが、例えばハエはオス側のX染色体上の遺伝子全体の発現量を上げ、メスと同じだけタンパク質をつくるような機構が働いており、このメカニズムを「遺伝子量補償」と呼んでいます。加えて私は、Y染色体上の遺伝子が壊れた場合には、X染色体上の相同な遺伝子の発現を個別に上昇させるメカニズムがあるのではないかと考えており、今後の研究テーマのひとつとして考えています。

世界屈指の研究環境を活かし退化プロセスを解明したい

 Y染色体の退化プロセスを把握するためには、途中経過そのものを見る必要があります。そんなとき、ヒトでの研究は困難ですが、ショウジョウバエはさまざまな段階の性染色体を持つ種がいるため、研究に適しています。しかも、都立大学はショウジョウバエ研究における実績が豊富。東京都の系統保存事業におけるストックセンターとして、創設以来、半世紀以上にわたってショウジョウバエの研究を行ってきました。100種以上の野生種も保有しており、世界的にもトップクラスの飼数を誇ります。

 また、私が所属する進化遺伝学研究室には、アメリカの調査会社クラリベイト・アナリティクスの調査で、“平成期に日本の論文で最も引用された”田村浩一郎先生や、種分化の世界的な権威である高橋文先生も在籍。この恵まれた研究環境で、ショウジョウバエで見つけた現象から、ショウジョウバエ以外の生物にも適用できるようなモデルを導き出すことが目標です。

 研究では大規模な塩基配列データの解析が不可欠ですので、次世代型のシーケンサーや、解析用に3機の専用サーバーも備えています。特にシーケンサーは飛躍的に小型化を遂げ、野外調査時にスマートフォンに接続し、即座に解析ができるタイプまで登場しています。

 このように、近年は最先端技術を駆使することで、さらなる可能性が広がっています。生物学のバックグラウンドを持った上で、データサイエンスやAIの知見も投入しながら、性染色体の変遷に関する分子レベルでの解明に挑んでいきます。