観光が地域の産業やコミュニティを元気にする 持続可能な観光まちづくり
社会や経済の発展に資する持続可能な観光のあり方が問われています。
東京都大田区を舞台に、国・地域の「光」であるモノづくりに着目し、町工場、観光協会、住民など多様な地域の関係者とともに、モノづくりを生かした観光まちづくりの実践的研究に取り組む都市環境学部観光科学科の岡村祐准教授に活動内容をお聞きました。
岡村 祐 准教授
OKAMURA Yu
都市環境学部 観光科学科
観光資源を観光対象へと押し上げ都市計画・まちづくりの課題解決に役立てる
私の研究テーマは、観光とまちづくりの相乗効果を期待する「観光まちづくり」。自然環境や歴史文化資源にとどまらず、例えば地域の産業にも「観光資源」としての価値を見い出し、人的交流や経済活動を活性化させる「観光対象」として活用することが目的です。一般的に、まちづくりは地域内で自立的に完結する傾向がありましたが、それだけでは限界があるのも確か。そこで地域外との接点をつくり、ヒトやカネを地域にもたらす観光をツールとして活用するまちづくりを進め、様々な都市課題を解決していこうというスタンスです。
とはいえ、地域特有の観光資源を保全しながら魅力を発信し続け、集客力のある観光対象として活用していくことは、そう簡単なことではありません。交通アクセスの問題、人々の心理的な障壁、事業の継続性など、さまざまな課題をクリアしていくためのビジョンや、段階的なアクションが不可欠になります。
観光資源としての町工場・モノづくりに着目 「モノづくり」「まちづくり」「観光」の連携
2000年以降、観光学の分野において「産業観光」という言葉が注目され始めました。私も、2010年頃から同僚・他大学の先生・学生とともに、大田区の特色であるモノづくりに着目し、まずは、町工場の経営者などへのインタビュー調査や、町工場のデザインや機能に着目した建築調査を実施しました。しかし、大田区の町工場はBtoB(企業間取引)のモノづくりが中心。守秘義務があるほか、一般向けに説明しようにも簡単には理解してもらえない専門的な技術を扱うケースがほとんどです。町工場の当事者にしてみても、「なぜ自分たちの仕事場を一般開放する必要があるのか」という意識が強かったのです。同時期に私は、個人の庭や建物など、私的空間や通常は閉ざされた空間を観光対象として一斉公開する「オープンシティ・プログラム」の研究も進めており、工場もその対象になるのではと考えるようになりました。
地域のためになる観光のあり方。町工場の一斉公開「オープンファクトリー」に挑む
インタビュー調査では、町工場を観光対象とすることの難しさを感じた一方で、「住工混在」のまち地域だからこそ、騒音の軽減や工場特有の匂いの解消など、地域住民への気遣いも忘れてはいないことがわかりました。そして、「住工共生」に向けて地域と交流し、さらにモノづくりを地域内外に情報発信ができるイベントに興味を持っていることもわかったのです。また、職人さんが一般向けにわかりやすく仕事内容を説明できるリテラシーが高まれば、実際の仕事にも活かされるため、社内教育の観点からもメリットが大きいことを、町工場自体も認識していました。こうして2012年には、大学と工業組合、そして観光協会が協働して、1年に1回期間限定で工場を一般公開する「おおたオープンファクトリー」をスタートさせました。2013年には通年での活動拠点となる「くりらぼ多摩川」を開設し、モノづくりを資源としたまちづくり活動を展開しています。
「公×民×学」で知恵を出し合い持続可能な観光を育てていく
2017年には「公民学」の連携組織「一般社団法人おおたクリエイティブタウンセンター」を設立しました。「産官学」ではなく「公民学」とした点には、こだわりがあります。活動には一般社団法人大田観光協会も参画しているため、行政のイメージが強い「官」よりも意味合いの広い「公」を使用。「民」は、町工場などの“民”間企業に加え、地域住“民”との関わりも重視しているからです。「学」は、研究者による“学”術研究のほか、“学”生のアイデアを活かしながら、教育の場としても活用していきたいという思いを込めています。
現在進めているのは収益化です。例えば「ファクトリップ<Factory×Trip>」と名付けた有料の工場見学プログラムを企画しており、持続的に“売れる”サービスとして具体的な検討段階にあります。市場のニーズとして“教育旅行”が盛り上がっているほか、町工場の多くもSDGsを意識した取り組みを徹底しており、両者のニーズは合致しています。また「くりらぼ多摩川」では、工場での廃材を使ったモノづくりのワークショップも開催しています。材料の再利用は環境教育との親和性が高く、SDGsにもつながるため、ファクトリップ事業に組み込んでいく予定です。
観光とまちづくりの相乗効果を引き出すフロンティアスピリット
大田区では、言わば産業振興や地域のコミュニティづくりのために、町工場やモノづくりを資源とした観光に取り組んでいますが、全国には防災政策や文化政策と観光を融合させるケースもあります。【Web限定!】例えば、新たに津波避難タワーを建設するなどの防災対策を進めている地域では、安全性の高い地域であることを訴求しながら、観光客と一緒に避難訓練を行うイベントを開催する例もあります。地域のための防災対策が観光資源となり、観光対象として活用することで集客を果たす好例です。また、文化政策では、集客力のある観光資源として考えられがちな博物館や美術館が受け身で集客するだけではなく、主体的・能動的に地域と連携して観光事業を進める取り組みが活発になりつつあります。館内だけで完結させるのではなく、地域外部と結びつく新たな集客方法を模索しているのです。いずれにも共通しているのは、観光資源を見つけて価値化し、新たな可能性を追求すること。何が観光資源になり得るかが不明瞭な段階から、現場での調査を経て活路を見い出していくプロセスです。
都市計画という分野は、土地利用や都市施設の計画から始まり、福祉的な観点でのユニバーサルデザインや、景観問題や環境問題へのアプローチなど、これまでその領域を拡大させてきた経緯があります。観光まちづくりもまた、従来の枠組みにとらわれることなく、フロンティアスピリットを胸に挑むべき分野だと考えています。近年、観光まちづくりという考え方は国や地方において、ようやく定着しつつありますが、具体的にそれをどのように進めていったらよいのか悩んでいる地域はたくさんあります。都市課題の解決に大きな可能性を持つ観光まちづくりの研究と実践を引き続き進めていきたいと思います。