Miyacology

過去のコンテンツが教えてくれるデジタルメディアの価値

音楽メディアの技術開発や音楽産業の動向は、私たちの生活や文化にどのような影響を与えているのか。かつてのデジタル記録メディアであるMDや、フォーマットの概念を切り口にして研究を進めているシステムデザイン学部インダストリアルアート学科の日高良祐助教に研究内容をお聞きました。

日高 良祐 助教

HIDAKA Ryosuke
システムデザイン学部 インダストリアルアート学科

早稲田大学第一文学部人文専修卒業後、東京藝術大学大学院音楽研究科音楽文化学専攻芸術環境創造領域博士後期課程修了。日本学術振興会特別研究員を経て、2017年より現職。専門はメディア研究、ポピュラー音楽研究、音楽音響に関するメディア技術史など。

デジタル化の価値や影響をMiniDisc研究を通して分析する

 21世紀はデジタルメディアの時代といわれています。レコード産業であれば、かつてのレコードやカセットテープ、CDの時代から、MP3でのデータ購入やサブスクリプションサービスの時代に移行。「所有からアクセスへ」と産業構造は大きく変化しました。業界の言い回しでは「フィジカルメディアとデジタルメディア」と対比されることもあり、レコード産業はメディア技術と密接不可分の関係にあることを表しています。ただし、この言い回しにある「フィジカルメディア」の中にデジタル技術に依拠するCDが含まれてしまっているように、「デジタル」や「デジタル化」が指し示す範囲や定義、社会での位置づけは実は曖昧で流動的です。そこで私は、音楽メディアやフォーマットを切り口にすることで、デジタル化の社会的な価値や人々への影響を研究することにしたのです。

 例えば、1992年に誕生したデジタル録音メディアのMiniDisc、通称MDは、レコードやCDに比べると短期間、しかも広く普及したのはほぼ日本だけというメディアです。今や世間での役目を終えたとされ、2022年発売の『三省堂国語辞典』第8版から削除された“オワコン”ですが、人々の音楽との向き合い方という点では、現代にも通じる特徴が見えてくるのです。

優れた技術は社会や文化の変化に寄りそい発展していく

 小型で丈夫なMDは、ユーザーが自由に録音することができ、曲目の編集や曲名のテキスト入力も可能。再生時には頭出しもできる聴取経験を人々にもたらしました。普及にあたって開発者が喧伝した技術の「便利さ」や「新しさ」は、大きな訴求ポイントになりました。

 一方で、当時はデジタル著作権に関するルールづくりが議論され始めた黎明期。90年代以降にデジタル録音が盛んになる中で、MDにはデジタルコピーに制限をかける技術も実装されました。つまり、社会的な潮流が機能に影響を及ぼしたということ。社会や文化の条件が技術を規定し、その規定された技術がまた社会や文化を規定していくということです。MD自体の技術や関係する制度、そして使われ方を丹念に調べていくことで、MDと社会との相互作用や、ユーザーが録音したり聴いたりする際のデジタルデータに対する認識が見えてくるのです。

規格・フォーマットによって人々の経験が決められていく

 レコード産業に限らず「フォーマット」という言葉が多くのシーンで使われています。CDならば、一般的に音楽を楽しむためのCD-DAのほか、CD-RやCD-RWなど複数のフォーマットがあります。映像メディアでも、DVDやブルーレイのほか、東南アジアではビデオCD(VCD)というフォーマットが普及していた国もあります。フォーマットとは、技術的な約束事であると同時に使い方の約束事でもあるため、利用できるフォーマットが異なれば、人々の聴取経験、要は経験できることとできないことも異なるのです。そして、フォーマットを決めるのは他ならぬ“人”。その人々の文化的・社会的な背景や良し悪しの尺度によって、多くのユーザーの聴取経験が規定され、ユーザーは知らず知らずのうちにその尺度を内面化していくのです。

ほとんどのシングル曲はなぜ4分前後なのか

 19世紀末に蓄音機が発明された後、円盤型の録音メディアであるレコードが生まれました。そこから大規模なレコード産業へと発展していきますが、現在に至るまでいわゆるポピュラー音楽のシングル曲に4分程度の長さが目立つのは、初期のレコードに収録可能な長さが4分程度だったから。レコード音楽の様式は、メディアへの録音技術に規定されるところが大きいのです。

 かたや、コンサートやフェスなど国内外で発展してきたライブ産業は、近年の「モノからコトへ」的な体験重視の消費モードに乗るかのように規模を拡大してきました。ところが、コロナ禍では一転して“巣ごもり”で楽しめる“サブスク”や“ライブ配信”が定着。これらの点からも、人と音楽の関わり方には、技術の進歩や社会の動向など、多様な要因が作用していることがわかるはずです。

音楽を自由に楽しめるサブスク。その裏側や影響にも目を向ける

 現代のサブスクや動画共有サイトで自由にプレイリストを作成するユーザーの感覚は、かつてMDユーザーが行っていた自由な曲目編集での感覚に近い部分もあるかもしれません。ただし、特定のプラットフォーム上で聞くことのできる楽曲リストには限りがあったり、個々のプレイリストの情報をもとにレコメンドや広告が表示されるなど、プラットフォーマーによる一定の制約がある中で、個人が自由を行使していること、つまりプレイリストの作成と聴取は政治的な実践でもある、ということは忘れてはいけないでしょう。

 またサブスクでは、ユーザーが初めて聴く曲と出会うチャンスがこれまで以上に豊富です。あるユーザーには懐メロでも、別のユーザーからすれば新鮮味の強い曲であり、手軽に時代をさかのぼって新しい曲を発見する楽しさもあります。そうなれば、現役のアーティストが新曲をリリースすることの産業的な価値が相対的に低下していくことも考えられます。新曲のリリースによる新しさと、古い曲の中からお気に入りの曲を見つける新しさが同等に扱われるとなれば、業界にとってコストパフォーマンスが高いのは後者。レコード産業の戦略にも影響し、「新曲」の社会的な意味づけが変化していく可能性があることは、認識しておいてもいいかもしれません。