Miyacology

「貧困学」という学術領域を確立させ、実効性のある政策提言につなげたい

日本における貧困問題の解消に向け、「貧困学」の確立をめざす人文社会学部人間社会学科・阿部彩教授。多様な学術分野の知見を融合させ、自治体への政策提言を進めている阿部先生の取り組みを紹介します。

阿部 彩 教授

Aya Abe
人文社会学部 人間社会学科

マサチューセッツ工科大学工学部卒業後、タフツ大学フレッチャー法律外交大学院にて博士号取得。国立社会保障・人口問題研究所や内閣府などを経て2015年より現職。「東京都立大学子ども・若者貧困研究センター」センター長を務め、著書に『子どもの貧困―日本の不公平を考える―』(岩波新書)などがある。


「貧困学」の確立に向けた取り組みは、令和4年度の科学研究費助成事業である学術変革領域研究(A)で進めているものです。「貧困学」の教科書の作成や、次代を担う人材育成がこのプロジェクトの最終目的です。貧困に興味を持った若者とともに解決策を探っていけることを楽しみにしています。

参考:令和4(2022)年度科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)
「貧困学の確立:分断を超えて」Webサイト


日本にも貧困問題は存在する。その要因を解明し、解決策を導き出す

 貧困は、子どもの学力や体力、栄養状態、心理的状況など、さまざまな面に影響を及ぼすもの。今や全国で7人に1人が貧困状態にあるとされています。しかし、かつては「日本に貧困はない」と考える人々が多く、貧困に関する研究も十分とはいえませんでした。ホームレスの方や母子世帯といった特定の属性に関する研究はあったものの、そもそも、一般人口に貧困が存在すること自体が認識されていなかったです。その後、研究者の意識も変わり、教育学や経済学、社会学のほか、医学や栄養学、心理学など、多様な分野から貧困問題にアプローチするようになりました。その結果、親の所得と子どもの学力の関係をはじめ、家庭の経済状況とさまざまな子どもの格差との相関が明示されるようになりました。

 例えば、低所得層の子どもにはビタミンなどの摂取状況に偏りが見られますが、その関連の背景には親の働き方があります。栄養学や労働経済学の知見を融合させることで貧困が子どもに影響する経路の一つが明らかになりました。貧困は複合的な問題だからこそ、従来の枠組みを越えた新たな学術領域として「貧困学」の確立が不可欠であり、多様な領域の研究者が連携し、横断的に研究を進めることが重要です。そして、持続可能な取り組みとして貧困層への支援を社会実装させるためにも、実効性の高い政策提言につなげることが研究者の責務だと考えています。

【Web限定!】日本にも貧困があるとしても、食事に困るほどの貧困はないと思う人も多いでしょう。しかし、現代日本の家庭の家計の中で、食費は格差がおこりやすい費目です。なぜなら、家賃や、電話料金、電気料金などは固定的であり圧縮するのが難しいからです。お財布の中身が心もとない時、減らすことができるのは食費なのです。日本においては、貧困によって餓死することはほぼありません。しかし、肉や魚、野菜、果物といった比較的に価格が高い食材が少なく、とりあえずお腹がいっぱいになる炭水化物に食事が偏ってしまいます。

 貧困の子どもの食生活を脅かすのは金銭的な理由だけではありません。最近の分析では、母親の働き方が子どもの食事や肥満に関連があることがわかってきました。母親だけではありません。貧困世帯の高校生は、非貧困世帯の高校生に比べ、アルバイトをしている割合が高くなります。アルバイトは、本人の収入となるだけでなく、職場経験ともなるのですが、食事時間など生活時間には制約が課されます。そのため、アルバイトをしていることがさらに貧困世帯の高校生の栄養の偏りを大きいものとしています。

「防貧」「救済」を根づかせることで「貧困の影響を広げない」社会に

 貧困を解消するための政策提言には、主に3つの軸があります。1つ目は「防貧」。そもそも貧困家庭をつくらないための賃金政策や、職業訓練制度などが挙げられます。2つ目は「救済」。給付金制度など、貧困家庭への直接的な支援制度です。3つ目が「貧困の影響を広げないこと」。貧困が学力や体力の格差を生んでしまう負の連鎖を断ち切り、その後の人生に影響が及ばないようにすることです。

 なお、コロナ禍では貧困家庭への経済的な救済措置が取られています。しかし、これらは一過性の特別措置となりがちであり、数年後には人々の関心や同情が薄れてしまいます。しかし、コロナ禍を発端とする貧困が拡大するのはこれからです。

テーラーメイドで改善策を提案し自治体を動かしたい

 本センターでは、現在は自治体と密接に連携し、自治体が実施する「子どもの生活実態調査」への助言や、調査データの分析なども行っています。自治体が実施した調査を、さらに研究者の目で分析し、地域性を反映させた政策提言や、自治体職員向けの研修会を実施するなど、テーラーメイドで改善策の社会実装を推進しています。

 自治体では、子ども食堂を運営するケースが多いですが、明確な根拠もなく運営している自治体もあります。また、日本全国には約6000もの子ども食堂があるものの、半数以上は月1回程度の実施。栄養状況の改善には決して十分な回数とはいえず、それよりも給食制度を充実させるべきでしょう。民間のボランティアによる草の根活動はとても重要ですが、貧困はそれだけで解決できる問題ではありません。最終的には、エビデンスに基づいた政策提言によって行政を動かさねばなりません。生活保護制度などの国の制度に加え、“現場”に近い自治体だからこそできる政策もあります。政策の中には、ちょっとした発想の転換で、予算をさほどかけずにできるものもあります。そのような政策作りに役立つ研究をすることが、私たちの目標です。

【Web限定!】貧困の子どもへの影響を緩和する政策は、金銭給付といった福祉政策だけに限りません。例えば、子どもの体力格差を生まないために地域の公園の新たな活用方法を模索したり、学力格差を解消するために勉強場所となる施設を開放したりと、公園を管轄する部署や、都市計画に関連する部署など、多様な部署が問題意識を持ってアクションを起こすことが大切です。そのためのエビデンスを提示することが、私たちのミッションです。