コンパクトに収納、自動で展開!「テントウムシ」をヒントに作る火星探査航空機
金崎 雅博 教授
KANAZAKI Masahiro
システムデザイン学部 航空宇宙システム工学科
翅(はね)の収納性に優れ,自律的な展開が可能な「テントウムシ」を徹底模倣
私の研究室である「計算機援用機体設計学講座」では、まだ見ぬ火星探査航空機の開発や、超音速旅客機などの新型の旅客機・宇宙輸送機の課題克服に向け、コンピュータシミュレーションを駆使した空力特性の計算や、その結果に基づく最適設計などをテーマにしています。その中に2024年度からスタートさせたテーマとして、火星探査航空機での使用を目標とする徹底的な生物模倣による「展開膜翼」の研究があります。探査航空機を火星に運ぶためには、まずロケット内部の限られた空間に航空機を収納する必要がありますが、一般的な航空機は固定された翼が左右に広がっているため、収納効率を低下させてしまうのです。そのため、翼を折りたたんで収納でき、飛行時には確実に展開させられる構造を実現させるために、「展開膜翼」と呼ばれる甲虫の翅の設計を模倣しようと研究を進めています。
模倣する対象は、例えばテントウムシです。テントウムシが飛ぶ際には、外側の硬い翅が開いた後に、内側にある柔らかい翅が展開されます。テントウムシはこの内翅を広げると体長の2倍以上もの長さになります。それは、飛んでいないときには翅の収納効率が極めて高いことを表します。収納と展開の仕組みは複雑でありながらも、複数の構造的な工夫が見られます。その1つが「テープスプリング」と呼ばれる、スチール製の巻き尺のように断面が湾曲しているような構造です。スチール製の巻き尺は、反発力がはたらいて曲がることなくピンとまっすぐになり、長さを図ることに用いることができます。テントウムシの翅には、このテープスプリング構造と同様「翅脈」と呼ばれる構造様式があり、これが「確実に展開させられる構造」を実現しているといわれています。さらには、コンパクトに折りたたんで収納することができ、必要な時には確実に展開させられることに加え、テントウムシの体と比較して非常に薄くても、テントウムシの重さや羽ばたきによる空気の抵抗を支えて飛び続けられる高い剛性も兼ね備えているのです。これらは、まさに火星探査航空機で私たちが実現しようとしている「展開翼膜」に求められている特徴。そこで私たちは、この翅の構造が空気力を受ける環境でどのようにふるまうのかを徹底的に調べ、それを火星探査航空機の構造に合わせて最適化する、という研究に取り組もうと考えたのです。
テントウムシの翅の翅脈などの構造は、以下の論文で詳細に解説されています。ご興味のある方はぜひご覧ください。
Saito, K., et al. “Investigation of hindwing folding in ladybird beetles by artificial elytron transplantation and microcomputed tomography.” Proceedings of the National Academy of Sciences 114.22 (2017): 5624-5628.
火星で航空機が飛ばせると、地球の未来が見えてくる!?
そもそもなぜ火星で探査航空機を飛ばしたいかというと、自走式の探査ロボットでは難しい広範囲での調査ニーズに応えるためです。自走式の探査ロボットは、最大で100㎞程度、直線でも東京から関東地方の内側くらいまでの距離しか走ることができません。もちろん、限られた範囲でも貴重なデータを得られることは言うまでもありませんが、「日本の関東地方で○○というデータが得られたので、地球は○○といえる」と結論付けられないのと同じように、火星という惑星を知るためには、もっと広い範囲の調査が必要になってきます。
火星探査航空機による広範囲の調査結果をもとに火星のことがわかると、地球の未来の姿を予想することにもつながるのではないかと期待されています。これまでも、例えば、金星の温度と大気組成から「温室効果ガスによる惑星温度の上昇」という現象を見出し、それが地球での温室効果に関する検証につながるなど、他の惑星の情報に基づいて地球をより深く検証するという試みが行われてきました。「比較惑星学」という研究分野の一部にもなりますが、その研究者が注目しているものの一つが、火星における磁場の影響です。火星には地球のような磁場がほとんどありませんが、過去にはあったものと見られています。火星の残留地場の分布やその影響を調べることができれば、磁場の減少によってこれからの地球にどんなことが生じうるのかを推測できるかもしれません。火星の残留磁場は広範囲にわたって存在しているとみられますので、その調査のためには、自走式探査ロボットに加えて、より広い範囲を動くことができる探査航空機が求められているのです。
火星で航空機が飛ぶ状況と、地球上で昆虫が飛ぶ状況は似ている?
私が探査航空機を飛ばしたいと考えている火星には、大気が地球の1/100しかありません。その火星で航空機を飛行させる時と、地球上で小型の鳥や昆虫が飛行している時とでは、地球上での航空機に比べて飛行体が空気の流れから受ける影響が似ています。これは、専門的には「レイノルズ数(のオーダー)」が近いと評価されます。レイノルズ数とは、流体力学分野における重要な指標であり、わかりやすく表現すると「流れの勢い」と「周囲にある流体(空気)の粘り度合い」の比率で、その流れが物体にどのような影響を及ぼすかを判断するのに使います。さらにざっくり説明すれば、流体の中を動く物体が大きかったり流れが速かったりするほど「流れの勢い」が大きく(=レイノルズ数が大きく)、流体がドロドロしているほど「周囲にある流体の粘り度合い」が大きく(=レイノルズ数が小さく)なります。
流体の粘り度合いは、流体の密度が小さいほど大きくなります。火星の大気は地球の1/100しかありませんので、火星での大気は地球よりもかなり粘り度合いが高い、つまりレイノルズ数が小さい状況になります。地球上で同じようなレイノルズ数になるのは、「小さいものがゆっくり飛んでいる状況」、つまり昆虫の飛行に近い状況になるわけです。レイノルズ数という観点からも、昆虫の翅の設計から火星探査航空機の最適設計のヒントを得られる可能性は高いと考えています。
「最適設計」からはじまる火星飛行への一歩
「展開膜翼」の研究は東北大学などと共同で進めており、都立大では主にシミュレーションと最適設計を担当しています。テントウムシの構造を火星探査航空機に求められる条件に当てはめる際に、いかなる形状が最適かを分析した上で、実際の収納・展開の実験は東北大学で行う計画です。私たちが担当する「最適設計」では、例えばテントウムシの翅脈を模した構造を、いろいろなパターンで膜の上に配置したモデルを考えます。それらのモデルを流れの中に置いたとき、膜がどのくらい変形するか、膜にどのくらいの圧力がかかるか、などをシミュレーションで確認し、どの構造がよさそうかを求める最適化アルゴリズムも用いて導いていきます。薄い膜翼は、イメージとしては屋外に掲揚された旗がどんな方向からの風もうまく受け流せるように、様々な外圧に対して最適な変形ができる構造なのではないかとも期待しており、この点もシミュレーションで確かめていきたいと考えています。
柔軟膜の翅脈状構造の位置と膜変形(3次元シミュレーション)
これらの検証がうまく進めば、次は飛行試験に進む予定です。とはいえ、急に火星では飛ばせませんので、まずは地球上の、火星の環境に限りなく近い場所で飛行試験を行います。それは、高度3万3000mの上空。国際線の旅客機が飛ぶ3倍強の高さまで行けば、大気密度や大気の温度が火星と同じレベルになります。これまで、「展開膜翼」の機体ではないものの、北海道大樹町の設備でJAXAを中心とした研究チームによる「MABE-2」と名づけた火星探査航空機の飛行実験を行ったこともあります。火星で飛ばそうと想定しているものと同じ、幅2mほどの機体です。気球のゴンドラにこの実験機を乗せ、高度3万3000mまで上昇させたうえで、遠隔操作によって飛ばしました。重力は火星とは異なるものの、実験によって揚力や空気抵抗などのデータを集めることができ、火星探査航空機の設計を改良するためのデータ分析を進めています。この試験は、実験機の安全性についてJAXA内部や各行政機関による審査が必要となること、偏西風や遠方で発生した台風など、気象の影響を強く受けてしまうことから、実施までの準備が非常に大変です。しかしこの試験で得られるデータは、火星探査航空機の開発に当たって地上で検証すべき点を明らかにするためにも非常に有用なものですので、試験を目指して、基礎検討や準備を一つずつ進めていきたいと考えています。
この生物模倣による翼研究を進めつつ,柔軟展開膜翼を持たせた火星での超小型飛行機の設計開発と飛行実証を目指しています。今考えているのは、日本でも進んでいる火星へのEDL(entry:突入、descent:降下、landing:着陸)のために研究されている、突入用のカプセルの隙間を使って展開膜翼の航空機を火星に運ぶ方法です。その隙間は600mlペットボトルくらいのサイズ。展開膜翼であれば全長1m弱の飛行機を折りたたんで詰め込めるのではと予想しています。操作性や制御性を高めることももちろん重要ではありますが、まずは「展開膜翼が火星で展開するのか、その翼で飛べるのか」を確かめたいですね。
柔軟膜翼機のイメージ図。これからの研究を通じて、この膜翼にどのような翅脈状構造を作ればよいか、最適設計を進める予定。
学生が学外とも広く関わりを持ちながら研究を深めていく
当研究室ではJAXAや他大学、企業から共同研究のお誘いを受けることが多いので、できるだけ多くの学生に参画・勉強してもらえるようにご協力いただいております。私自身、修士課程で自動車メーカーとの共同研究、博士課程ではJAXAと共同で超音速機の研究にも携わり、大きなやりがいを感じながら現在に続く土台を築くことができました。学生にも各自が希望する研究テーマを尊重しながら、学外と関わりを持って経験を重ねてもらうことを大切にしています。
反対に、それまで研究室で取り組んだことのなかったテーマにある学生が独自に挑戦し、その後に企業との共同研究に発展したケースもあります。具体的には、ロケットが地上に帰還する際に重要な役割を果たす「グリッドフィン」と呼ばれる装置の研究です。空力抵抗をコントロールしながら着陸するための装置であり、圧力の分布特性などをシミュレーションで分析し、最適な形状を導き出す研究です。これがJAXAからの助成を受けた宇宙ベンチャーとの共同研究に発展しているのです。その学生が興味を持ち、自身の計画に基づいて成果を上げて対外発表を行わなければ実現しなかったことです。
研究をしたいと進学される方は広い興味を持っていると思いますが、そこに限界は無いと考えてもらいたいなと思います。ほかの学生の研究内容をはじめ、他分野の知見に触れながら、それらを自分の研究に活かす力ともいえるでしょう。「展開膜翼」の研究も、私がたまたま読んだ甲虫の翅の構造に関する論文がきっかけでした。これは航空機の翼にも応用できるのではないかと想像や期待が膨らみ、現在の研究につながっているのです。
ですから当研究室では、さまざまなテーマを探求する学生間で活発に議論しながら共通項を見つけ、研究を深めていってほしいと考えています。シミュレーションをはじめ、コンピューターを駆使する研究は一人で黙々と進められると考えられがちですが、これまで紹介してきた研究内容はどれも、他分野の知見を結集させて成果を生み出しており、決して一人で進めてきたものではないのです。
研究室ゼミの様子
未来に向けた新たな提案をするための研究活動にやりがいを感じてほしい
昨今はAIの進歩が著しいほか、最適設計のためのシミュレーション技術も高度化しています。そこで重要なのは、コンピューターによって生成された結果を自分で解釈し直せる力。そして、自分では発見できなかった知見を周囲から引き出せるように、その結果や解釈をわかりやすく発信する力です。学部生から大学院生までが一堂に会してディスカッションをしていると、上級生が下級生のお手本となることもあれば、下級生の素朴な疑問や鋭い質問によって、問題解決につながることもあります。もちろん学部生はベースとなる知識量や経験が限られていますが、臆することなく質問してほしいと考えています。
以前、アメリカで国際学会が開催された際、私より1日早く会場に足を運んだ学生がいたのですが、英語力は高くなかったものの、NASAの研究者に積極果敢に質問したり、その結果その研究者と仲良くなったという学生がいました。日頃から上級生とディスカッションすることで、対人コミュニケーションに対する度胸がつくのだと思います。とはいえ、注意すべき点もあります。質問するにしても「これはどうしたらいいのですか」といった聞き方は避けるべき。「AやBを試したものの、うまくいかない。Cという理由でDに問題があると考えていますが、どう思いますか」といった、自分の考えや意思を持ちディスカッションにつながるような質問の仕方を意識して研究に臨んでくれることを期待しています。
当研究室で扱う火星探査航空機や次世代型の超音速航空機は、誰も飛ばしたことがありません。しかし、まだ見たことのないものに対する憧れが研究へのモチベーションになりますし、それらに対して現実感をもてる勉強をすることで、未来に向けた新たな提案ができる点に大きなやりがいを感じてくれることを願っています。