時代は“テクニカルアーティスト”を求めている!
向井 智彦 准教授
Tomohiko Mukai
システムデザイン学部 インダストリアルアート学科
自由度が高い研究室だからこそ主体性や行動力、判断力が磨かれる
私の専門は、コンピュータグラフィックスやアニメーション制作のためのソフトウェア技術です。都立大に着任する前にはゲーム会社に在籍していた時期もあり、研究室にはゲーム業界への就職を希望する学生が少なくありません。また、「ゲームプログラミング演習」などの担当科目をとおして、様々なソフトウェア技術を駆使したゲームやアプリケーションの制作に楽しさを感じてくれた学生も在籍しています。加えて特徴的なのは、中国をはじめとした海外からの留学生が多いことです。日本のゲームコンテンツに魅力を感じ、日本のゲーム業界に入りたいという高いモチベーションを感じます。
研究室では、ゲーム業界での実用化をめざして映像制作技術を研究テーマにする学生もいれば、卒業制作で実際に一つのゲームを制作する学生や、ゲームではないスマートフォンのアプリケーション開発に挑戦する学生もいます。私から研究テーマを提示することはほとんどなく、学生が主体的にクリアしたい課題や目標を定め、自分なりに解決策を探っていってもらうスタンスです。例えば、ゲームに登場するキャラクターの動きを滑らかにするための研究など、自分が日々使っているゲームやソフトウェアで物足りなさを感じた経験を、専門的な研究活動の出発点とする学生もいます。
ただし、研究テーマの自由度は高いものの、プログラミングの知識は必須です。しかも、言語はいくつもありますので、研究テーマや目的に適した言語を学生自身が判断して研究を進める必要があります。もちろん私がディレクターのような立場でアドバイスします。そのうえで研究の進み具合を定期的に発表し合い、学生同士が活発に意見交換をしながら研究を深めていきます。
「作り手」にも多様な立場と視点があり多角的な視点を持った人材が求められている
私が研究室の学生に身につけてほしいのは、ゲームのみならず、映像を扱う業界で重宝されている「テクニカルアーティスト」としての資質です。エンジニア寄りのテクニカルな領域と、クリエーター寄りのデザイン的な領域の橋渡しをすることが役割です。
一方で、プログラミングが好きなため、エンジニアとして“テクニカル”に特化したスキルアップをめざす学生もいます。その成果としては、例えば全自動でビジュアルデザインをつくりあげるシステムなど、処理スピードの速いゲーム作成ツールの開発などが挙げられます。ただし、エンジニアがいかに高機能なツールを開発しても、クリエーターがその機能を使いきれないケースや、そもそも必要としていないケースも実際に起きています。だからこそ、エンジニアとクリエーター双方の視点や“こだわり”を理解した上で、いかなるツールがクリエーターにとって使い勝手がよく、価値あるコンテンツづくりに有効であるかを考えられるテクニカルアーティストが必要とされているのです。
私の研究室には、ゲーム内で描かれるバラの咲き方が実際とは異なる点に着目し、リアルなバラの3D表現につなげようと考える学生がいます。その学生は、自宅で実際にバラを栽培しているほどバラが大好きだそうです。ゲームの中とはいえ、わかる人からすれば“ありえない”育ち方や咲き方をしているバラの3Dモデルをなくしたいと考えたのです。ただし、バラに関して知識のないクリエーターにそこまで望むのは酷というものです。そこで、枝分かれのプロセスなどをプログラミングし、品種ごとのリアルな咲き方をコンピュータ上で自在に表現できるシステムづくりを進めています。同様に、ゲームの海中シーンで描かれるサンゴの生え方に違和感を覚え、実際の生態に基づいた自然なサンゴの生え方を自動生成するツールを開発する学生もいます。
こうした学生たちは、リアリティの追求という目的と同時に、クリエーターがシーンに応じて「ここにバラを咲かせたい」「ここにサンゴを配置したい」といった演出を考えた際に、いかに画面づくりをコントロールしやすいかという点にも重きを置くよう伝えています。これこそが、エンジニアとクリエーターをつなぐテクニカルアーティストとして持つべき視点なのです。
庭園などに植えられ、生育過程で人の手が加わることを想定した上で、「プロシージャルモデリング」という手法を用いて描かれたバラ。品種による成長の違いも考慮されており、専門知識がなくてもリアルなバラの姿を表現できます。
向井先生のWebサイトで紹介しています。
Procedural Rose Modeling
実際の生態(画像右)に基づいて、コンピュータ上で描かれたサンゴ(画像左)。サンゴが密集するエリアで枝が成長していく方向などが忠実に再現された画像を、自動的につくることができます。
さらに詳しく向井先生のWebサイトで紹介しています。
Procedural Coral Modeling
自然な表情をつくりだす技術をはじめ制作現場で実用に耐える技術を目指した開発
研究室では、企業から提示されたテーマに沿って共同研究に参画する学生もいます。その一つが、音声データに合わせて口の動きを自動的につくり出す研究です。ゲームやアニメのキャラクターが発話する際に、言語ごとの特徴を反映させて、自然な口の動かし方を再現するための技術開発です。ゲーム業界には、技術をオープンにすることで業界全体の発展をめざそうとする風土がある一方で、経営戦略上、外部には出せない極めて高度な技術開発を進めるケースも珍しくありません。その点、企業との共同研究に挑戦する学生には、いままさにゲーム業界で進められている技術開発に貢献している実感を得ることを、大きなモチベーションにしてもらいたいと期待しています。
なお、口の動きに関する技術については、私自身も研究を進めています。画面内の人物が実際に話しているように見せる技術は既に開発されていますが、さらなるリアリティを追求し、発話内容に合った顔全体の表情も自動的に作り出せる技術を生み出したいのです。基本的には、母音に応じて口の開き方はほぼ決まるため、発話内容に応じてその口の形を当てはめますが、それだけではロボットのような口の開き方になってしまいます。しかも、実際には前後の言葉や子音によって揺らぎがありますし、口の動きに応じて頬の形や表情全体も変わってくるのです。そこで、まずは私自身がモデルとなり、“自撮り”で口の動きを分析するところなど基礎的な実験から着手しています。将来的には、ゲームの世界や、いま話題のメタバースの世界での実装にもつなげたいと考えています。
発話内容に伴う表情の研究は、向井准教授も自ら分析実験対象となって進行中。ゲームやメタバースでの実用化を見すえています。
メタバースについては短期的にみると、まずは多くのユーザーが参加できる環境作りが最優先されるでしょう。スマートフォンなどからでも気軽にアクセスできるためには、映像のリアルさよりも動作の速さが求められるからです。また、ゲーム制作においても”おもしろい遊び”をデザインすることが第一です。そうした大前提は踏まえつつも、映像面のリアリティ向上があってはじめて実現できる体験や遊びもあるでしょう。リアルさを追求する場面や気軽さを重視する場面など、作り手の選択の幅を拡げるための環境を整えることが重要と考えています。
技術開発や創作活動を成功に導く原点は自分の身の回りをよく観察すること
ゲームやアニメなどの映像コンテンツに携わる将来像を思い描く学生や高校生におすすめしたいのは、例えばバラやサンゴのように、自分が興味を持っている“もの”や“こと”をよく観察すること。それがコンピュータグラフィックスの世界でどのように描かれ、どのような問題点があり、どのような解決策があるかを、とことん考えてみることです。さらには、クリエーターがどのような意図で制作したのかまで思いをめぐらせながら、自分なりの改善策を考えてみてほしいと思います。その積み重ねによって、プログラマーやクリエーター、そしてテクニカルアーティストとして活躍していくための土台ができていくはずです。