Miyacology

サテライト細胞による筋肉の修復を実現させ再生医療に活かしたい

古市 泰郎 助教

Yasuro Furuichi
人間健康科学研究科
ヘルスプロモーションサイエンス学域

筋力が成長・劣化する仕組みを遺伝子レベルで解き明かす

 私の研究テーマは、筋肉の修復と再生につながる骨格筋細胞のメカニズム。筋線維の表面には「サテライト細胞」と呼ばれる幹細胞が存在し、筋線維が損傷すると分裂して増殖します。それらが融合することで傷ついた筋肉を修復する働きがあり、これを筋再生といいます。

 ただし、サテライト細胞による筋肉の再生能力は加齢に伴って低下してしまい、「サルコペニア」と呼ばれる筋肉の萎縮と筋力低下を引き起こす可能性が指摘されています。サルコペニアは、身体活動を制限して生活の質を落とすだけなく、さまざまな疾病を引き起こす要因になることが分かってきました。筋肉が多ければ病気になりにくく、寿命も延びる反面、さまざまな病気の原因として、筋肉の萎縮が挙げられるのです。

 実際に、疫学的にも筋肉が多いほど認知症やガン、糖尿病などになりにくい傾向や、骨が強くなる傾向があります。例えば、筋肉は最大の糖の消費器官ですので、筋量が多ければ糖尿病の予防につながります。また、動物実験では、ガンを移植したマウスに筋肉が萎縮しない薬を与えることで、ガンは大きくなるものの筋肉量は維持され、寿命が長くなります。筋肉があればガンの進行や発症を抑え、免疫力の向上にもつながると考えられるのです。

 運動が身体にいいことは感覚的には認識されていますが、その健康効果は、運動によって直接的に作用するのか、運動によって筋肉が強くなることでも好影響が生まれるのかなど、いまだ謎の部分もありますが、その点も含めた研究を進めていきます。

 課題は、人体において筋肉の萎縮を防ぐ決定的な薬がないことです。だからこそ私は、遺伝子レベルで幹細胞の劣化プロセスを解明する研究に挑むわけです。

 例えば、神経の発生と脳の正常な成長に重要な因子であり、幹細胞の運命を決める「Musashi」という遺伝子があります。Musashiは実は筋肉にも存在していて、細胞の分化や自己複製能力を制御しながら、筋肉を再生する力があります。Musashiの働きを明らかにすることで、筋肉の萎縮を防ぐ方法の開発を目指しています。

都立大の叡智を結集させ健康寿命の延伸に貢献したい

 昨今は「人生100 年時代」といわれ、男女ともに今後さらに平均寿命が延びることは必然でしょう。ただし、「健康寿命」が延びなければ、寝たきりなどで苦労しかねないため、健康寿命の延伸に貢献したいという思いが根幹にあります。

 目標は、患者さんのサテライト細胞を培養して筋肉に戻し、筋肉を回復させるプロセスを確立させることです。このプロセスを、年齢を重ねても筋萎縮を阻止し、筋肉量を維持する再生医療の手法として確立できれば、疾病の進行を抑え、健康寿命の延伸にもつながります。

 これまでには、サテライト細胞だけを純粋に培養できる「骨格筋初代細胞の培養液」を独自に調製し、特許取得に至った実績もあります。東京都立大学は、工学や理学など、多分野の研究者と情報交換やコラボレーションができる環境が強みであり、培養技術の向上に役立つサポートが充実しているからこその成果です。

 今後は、筋肉の再生や肥大化を促す新たな遺伝子が見つかれば、それをバイオマーカーとしてサプリメントの開発にもつなげられますし、スポーツ選手向けに効率的なトレーニングプログラムを開発できる可能性も生まれます。実際、筋肉から分泌されるホルモンである「マイオカイン」を見つけ、サプリメントの開発につなげる研究も従来から継続しております。今後も東京都立大学のメリットを活かした医工連携を進めていきます。