Miyacology

人と自然が共生する未来に向けて養うべきは、多様な視点とバランス感覚

今号は、所属学部や研究テーマの異なる3名の教員に、それぞれの研究成果に基づいた社会への提言をお聞きする特別企画。「人と自然が共生する未来」をテーマに、「限界集落」「環境保全」「生物多様性」など、三者三様のキーワードを通じて、大学が果たすべき役割、東京都立大学の魅力などをお聞きしました。

自然史 土地利用計画 応用生態学
大澤 剛士 准教授
Takeshi Osawa
都市環境学部観光科学科

神戸大学大学院人間発達環境学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。国立研究開発法人農業環境技術研究所主任研究員などを経て現職。専門は、生物多様性情報学、生態系管理学、保全科学、応用生態学。

過疎問題 コミュニティ 地域学
山下 祐介 教授
Yusuke Yamashita
人文社会学部人間社会学科

九州大学大学院文学研究科社会学専攻博士課程中退。弘前大学人文学部准教授などを経て現職。専門は、都市社会学、津軽学・白神学など。主な研究テーマは、過疎問題や地域政策など。近著に『「都市の正義」が地方を壊す 地方創生の隘路を抜けて』(PHP新書、2018年)などがある。

植物分類学 シダ植物 保全生物学
村上 哲明 教授
Noriaki Murakami
理学部生命科学科

東京大学大学院理学系研究科生物学専攻博士課程修了(理学博士)。東京大学理学部附属植物園助手や京都大学大学院理学研究科助教授などを経て現職。本学の牧野標本館・館長や、日本植物分類学会・会長も兼務。専門は、植物系統分類学、進化学、保全生物学。

【限界集落に潜む価値】理由があるからこそ人々の営みは消滅しない

山下 私が長らく研究してきたテーマは「限界集落」です。消滅が危惧されながらも誰かしらが住みつき、細々としながらも自然と深く関わりながら人々の営みが続いている場所です。この限界集落を生む大きな要因である過疎化の対極には、都市の過密化がありますが、実は都市部にも限界集落に似た問題があります。

村上 地方の限界集落は、なぜなくならないのでしょうか。

山下 農山村の暮らしには人々を駆り立てる魅力があるからだと思います。近年は子ども世代や孫世代に限らず、その土地に縁のなかった若い子育て世代が、奥深い集落に移住するケースさえ出ています。通信が高速化し、リモートでも仕事ができる時代だから移住するというよりも、都会では決してできない暮らしを手に入れるために移住を選んでいると考えられます。

村上 単に自然が豊かである以上に、水や農作物など、実生活に必要なものが手に入りやすいからこそなのでしょうね。

大澤 薪炭は安定的に確保できますし、原生林では難しくても、人が手を加えて「二次林」にすれば、成長が早くて食用に適した栗なども収穫できますからね。

山下 そうですね。白神山地の玄関口、青森県西目屋村で建設された津軽ダムの移転集落調査に関わったのですが、その集落の下から縄文時代の遺跡が出てきました。1万年もの長い暮らしの痕跡です。ここは今でも木の実、山菜をはじめ動植物の食料資源が豊かな場所です。自然と直接向かい合って暮らしていける奥深い場所の価値を認識し、享受する人々がいるからこそ、限界集落も簡単には消滅しない。一方、子育て環境などを考えて都心から郊外に“ 脱出”する家族もいます。が、実は郊外住宅地の出生率が低い。人としての暮らしやすさを求めて移住したものの、生態学的な不自然さを露呈しているわけです。都心のタワーマンションにしても、数十年後に老朽化が進み、子どももいないとなれば、そこに人が住み続ける明確な理由を見出せなくなる。それこそ都市部における限界集落になりえる。この問題も早く解かねばなりません。

【環境保全と経済振興】一般化して捉えず個別の考察と対応が重要

村上 私の専門は植物分類学で、熱帯に多いシダ植物の種の多様性と進化を研究してきました。本学に赴任後は、「牧野標本館」の伝統でもある小笠原諸島や伊豆諸島での調査にも携わってきました。小笠原諸島は、雄大な自然が広がっているとはいえ、人の手によって荒らされている部分もあり、研究は保全という観点なしに進めることはできません。効果的な保全活動に寄与するためにも、動植物間のつながりを科学的に明らかにして、エビデンスとともに各方面に情報提供を行うことを大切にしています。

山下 小笠原諸島で人間が自然環境に与える影響は、世界自然遺産への登録前後で何らかの変化はあるのでしょうか。

村上 登録後は規制も強化され、人々の意識も高まりましたが、そもそも第2次世界大戦前後に持ち込まれた外来種が影響を与えてきましたし、もっと前からの影響が現在まで続いているのが実情です。

山下 白神山地のような原生林といわれる場所も、江戸時代以降にさまざまな人の手が加えられてきた経緯がありますし、むしろ自然環境が保たれるか否かは、どのように人の手が加わるか次第ですね。

大澤 私はまさに人が手を加えた環境、人の影響を受けた生態系を研究テーマの中心に置いて、社会的な課題でもある保全という文脈に落とし込む研究をしています。例えば、耕作放棄地が植物の多様性に及ぼす影響や、単位面積あたりの生産量を高めるための圃場整備の影響など、人間の活動や施策で生態系を制御できるのかという研究です。

山下 耕作放棄地よりも、圃場整備による生態系への影響の方が気になりますが、そのあたりはどうでしょうか。

大澤 農業政策の観点では、耕作放棄地は農業生産性がゼロと評価されてしまいますが、多くの絶滅危惧種が生育できる環境が保たれている場合もあります。一方で、圃場整備された場所ではその環境が破壊され、生物学的な観点からすると、圃場整備は悪い影響しか与えないと考えています。ただ、こうした実情と政策は切り分けられがちです。農業振興と生物生態系のどちらが大切なのかという議論にもなりますが、二項対立で物事を考えること自体、不毛な印象を受けますし、保全活動を前進させる要因にはなりません。開発か保護かという二項対立を経て一般化するのではなく、あくまでも個別の対応が必要になってくるはずです。

村上 都市環境学部ならではの文理融合型の視点ですね。

【バランスの大切さ】画一的な最適解を求めず絶対視の回避も不可欠

山下 白神山地や小笠原、屋久島など、世界自然遺産の登録地にしても、それぞれが抱える問題点・事情は異なりますよね。変数は多種多様であって、一般化できませんので、丹念に個別の事情を知った上で、その地その地でバランスを考えていく必要があります。そのためには、生活者としての視点、生物学的な視点、経済学的な視点など、多様な立ち位置からの現状分析が不可欠です。多角的・複眼的に現状を観察して、リスクを察知したら個別に対応していくことでしか、自然環境の保全や、山奥から都市部までまんべんなく人が住める社会づくりは帰結しないと思います。

村上 場所ごとの違いは大きいですからね。例えば屋久島は登山客が一気に増えて、水質汚染が危惧されている状況です。観光需要を喚起することが世界自然遺産登録の目的ではないにもかかわらず、結果的に好ましくない状況が生まれています。とはいうものの、観光資源化による集客上のメリットを求める声があることも確かであって、ひとくくりに解決策を提示することは困難ですね。

大澤 現代は画一的な最適化志向が強い印象を受けます。場所ごとに多様な形態があり、最適解はひとつではないにもかかわらず、効率化を求めるあまり、多様性を排除した上でルールを決めたがるのだと思います。

山下 とにかく因果関係を見出して物事を解釈しようとする傾向が強い。「こうしたらこうできる」といったロジックを求めがちですね。変数のひとつにすぎない事象を引き合いに出して、政策で何かができると信じ込めば無理が出ます。過疎化や限界集落の存在を否定的に捉える立場の人々からは、「なぜ過疎地に住み続けるのか」「村はいつまでも維持できないから閉じるべきだ」「都会に出るべきだ」という一方的な声も上がります。加えて「自然維持にどれだけのコストがかかるのか」といった言説も散見されますが、その点では都市部の方が高コストだといわざるをえません。ただ、かといって都市を否定するだけでは現代の社会生活は成り立ちませんので、結局はバランスなのです。

大澤 ステークホルダーごとに担うべき役割が異なるのだと認識することが出発点になると思います。国の政策と現場の需要は、完全には一致しないことを理解することが重要で、無理やり一致させようとしても歪みや矛盾が生じます。生物多様性にとって望ましい森林もあれば、人間にとって望ましい森林もあります。短絡的に「森林があればいいから植林しよう」という思考は、必ずしも絶対ではないですし、「木を切ること=自然破壊」も誤った認識です。また、世間がつくりあげた「古き良き里山」のイメージにも違和感を覚えますね。「かつて雄大な緑に囲まれていた日本」という認識は、必ずしも正しくありません。例えば近畿圏では、かつては伐採が進んだ“ はげ山” が多かったわけです。京都や奈良などへの遷都の度に大量に木を切り、建設資材として供給する必要があったからです。育林という概念もなく、森林蓄積量は現代の方が多いという推定もあるほどです。

【ダイバーシティ】多様性を尊重する東京都立大学

大澤 都立大周辺の多摩地域は、人が手を加えない状態とも、手を加え過ぎた状態とも異なる第3の形態が存在する興味深い場所です。キャンパスの周辺に研究対象になるフィールドがあり、リアルタイムで生態の変化を観察できますので、生物学的にもおもしろい場所です。

村上 そうやって教員がおもしろいと思える研究ができて、学生も楽しみながら研究を深められる点に、都立大の魅力がありますね。私が理学部長を務めていた頃は、学部の存在意義を常に考えていました。「役に立つ学問か否か」といった議論もあるのですが、学術研究によって基礎的な知見を積み重ね、突き詰めていけば必ず活路は見出せます。学問は、最終的には生産性の向上につながるのです。すぐに社会に貢献できて役に立つ手段は教育しかありませんが、教員も学生も楽しみながらサイエンスを探究し、学生が幅広い研究に触れながら多様性の尊さを認識できる点に、本学の魅力と役割があるように思います。

山下 都立大は学問の自由が守られていると日々感じます。多様な研究が認められていることは、本学で学ぶ大きなメリットとして、学生や受験生に理解してほしいですね。

大澤 学生は多様な教員の多様な主張に触れることで、“正解がないこと”にも気づけると思いますし、多様で柔軟な視点の獲得にもつながるはずです。さまざまな学部があり、意見をぶつけ合いながら新発見につなげられるのも、都立大のような総合大学の魅力です。ダイバーシティが重視される中で、教員の研究も学生の学びも、本学は多様性を発揮できている印象を受けます。

村上 私のシダ植物の研究では、外見上は区別できないものの、DNA 解析によって異なる種が数十種類存在することを明らかにしてきました。言うなれば、このシダ植物のように、多様な個性を持った教員が、多様な個性を持った学生を育てていけるのが都立大の強みですね。

ワタシの研究

大澤先生

 

生物多様性や自然資源を適切に管理・保全し、持続的な利用を実現することが目標です。生態学を基軸に、情報科学、地理学、農学など多様な分野と積極的に連携し、基礎科学としても応用科学としても面白い研究を目指しています。

山下先生

 

『地域学をはじめよう』(岩波ジュニア新書)は、各地域に存在する固有の歴史や文化、人々の営みを知ることで、自分・社会・未来を見つめ直すための1冊です。調査実習の手法などを交えながら、地域学の魅力を紹介しています。

村上先生

 

私が館長を務める牧野標本館は、1958 年に本学の一施設として設立され、小笠原諸島の植物標本をはじめ、藻類・コケ・シダ・裸子・被子植物など約50万点の標本を所蔵。一般向けにインターネットによる標本画像データベースの公開も進めています。