目に見えない世界を“観る” 近赤外光が拓く新しい計測技術の可能性
システムデザイン学部機械システム工学科の角田直人教授は、近赤外光を用いて、水蒸気の分布や生体内の情報など、従来は観測が難しかった現象を”観る”ための技術開発に取り組んでいます。その研究内容について、詳しく伺いました。
角田 直人 教授
Kakuta Naoto
システムデザイン学部 機械システム工学科

皆さんの身近なところにも、「これが見えたら面白いのに」「これを測れたらいいのに」と思うことがあるのではないでしょうか。近赤外光を使った研究は、光学、熱工学、画像処理など、様々な知識と技術を組み合わせる必要がありますが、好奇心を持って取り組めば、必ず新しい発見があります。目に見えない世界を“観る”研究に、皆さんも挑戦してみませんか。
見えない世界を“観る”光 近赤外光が拓く新たな可能性
私は現在、近赤外光を用いて、従来の技術では観ることができなかったミクロな世界の可視化や、生体内の物質を測定する研究に取り組んでいます。近赤外光とは、私たちの目に見える「可視光」よりも波長が長く、波長がおよそ780~2500nmの範囲にある光のことです。この光には独自の性質があり、中でも特に「生体を通り抜ける力」と「水を検出する力」が注目されています。例えば、800~1200nmの波長域の近赤外光は水を多く含む組織にも深く浸透しますが(そのため「生体の窓」とも呼ばれます)、一方で、1800~2000nmの近赤外光は水に吸収されやすく、わずか1mmの水の層でもほとんど通過できません。つまり、2つの性質は反していますが、波長域を変えることで、測る対象を変えられることを意味しています。
こうした特性を活かし、近赤外光は医療をはじめとする幅広い分野で活用されています。例えば、生体を通り抜ける性質を利用して、非侵襲的(体を傷つけない)に体内の情報を測定する技術として応用されています。新型コロナウイルス感染症の流行時に注目された血中酸素濃度を測定するパルスオキシメーターはその代表例です。また、手のひらをかざして本人確認を行う静脈認証システムにも近赤外光が使われており、私たちの日常生活でもその特性が役立っています。
水蒸気から血糖値まで 近赤外光を活用した計測技術の開発
私の研究室では、近赤外光の特性を活かした3つの主要な研究テーマに取り組んでいます。
1つ目は、水蒸気分布の可視化技術です。私たちの身の回りには目に見えない水蒸気が常に存在していますが、これまでの湿度計は1点でしか測れず、空間内での水蒸気の動きや広がりを見ることはできませんでした。そこで、近赤外レーザーを測定空間に照射し、専用のカメラで撮影することで、空間内の水蒸気分布を画像として捉える技術を開発しました。この技術は国内外でも前例がなく、新しい計測手法として特許も取得しています。
2つ目は、マイクロ流路内の液体分析です。このテーマは、私が最も長く取り組んできた研究です。髪の毛ほどの細さの流路内を流れる液体の濃度や温度を、近赤外光を使って画像化する技術を開発しています。近赤外光の波長を少しずつ変えながら照射することで、たとえば異なる濃度のアルコールを区別したり、酸とアルカリが反応する様子を詳細に観察したりすることが可能です。この技術により、反応場での物質の振る舞いをより深く理解することができるようになりました。
3つ目は、非侵襲的な血糖値測定技術の開発です。現在、糖尿病患者の方々は、自分の身体に定期的に針を刺して血液を採取し、血糖値を測定する必要があります。この負担を軽減するため、皮膚の外側から近赤外光を使って血糖値を測定する技術を開発しています。近赤外光を用いた血糖値測定の研究自体は30年以上前から行われていますが、決定的な方法は確立されていません。私たちの研究の特徴は、複数の位置から複数の波長の近赤外光を用いて測定し、さらに機械学習を活用してグルコースの情報を抽出する点にあります。この技術も特許を取得しており、現在は実用化に向けた研究を進めています。
【Web限定!】これらの技術開発において特筆すべき点は、波長ごとの画像を取得し、それを解析する手法にあります。先ず特定波長の近赤外光を照射し、次に波長をずらして照射するという過程を繰り返すことで、従来は見えなかった情報を引き出すことに成功しています。例えば、水蒸気の可視化では、特定波長のレーザーと専用カメラを組み合わせ、ノイズの低減や情報の強調など独自の画像解析技術を駆使することで、空間中の水蒸気分布を捉えることが可能となりました。
液体分析においては、髪の毛ほどの細さのマイクロ流路内を流れる液体を対象に、波長可変レーザーを用いて物質固有の吸収スペクトルを取得。それを画像解析することで、微細な領域での物質の濃度分布や反応過程を可視化しています。特に、物質の拡散係数については、従来のビーカーなどでの測定値と実際の反応場での値が異なることを明らかにし、その場での正確な測定を可能にしました。これにより、反応速度など、実際の現象としての物質移動の様相をより正確に把握できるようになりました。
血糖値測定に関しては、生体組織の構造の違いや血流の違いによる影響を考慮しながらグルコースの情報のみを抽出する新しい手法を開発しました。具体的には、一点からの測定ではなく、複数の測定点から得られる情報を活用。さらに、波長も変えることで、生体構造の情報は共通でありながら血糖値の情報の反映が異なるという特性を利用し、機械学習の手法を組み合わせることで、より正確な測定の実現を目指しています。
新たな計測技術と社会実装への挑戦
今後の研究の展望は、大きく2つあります。まず、基礎研究の面では、水分子と光の相互作用についての理解をさらに深めていきたいです。水は私たちの身近な物質でありながら、その分子レベルでの振る舞いにはまだ多くの謎が残されています。例えば、水分子は常に不安定な状態で揺らいでおり、温度や電磁場の影響によってその構造も変化します。このような水の特性をより詳細に理解することで、新たな計測技術の開発にもつながると考えています。 同時に、開発した技術の社会実装も積極的に進めていきたいと思っています。水蒸気の可視化技術は、工場などでの設備管理に活用できる可能性があり、これまで発見が困難だった設備からの水蒸気の漏れなども、効率的に検出できるようになるはずです。さらに、血糖値測定技術の実用化も、糖尿病の患者さんの生活の質向上に直結するため、できるだけ早く実現したいと考えています。この技術を実用レベルまで高めるためには、臨床研究が欠かせないため、今後は医療機関とも連携をとりながら進めていくことを計画しています。基礎研究と応用研究を両立し、社会に役立つ技術を創り出すため、さらに研究を深めていきます。