新物質の開発が切り拓く次世代エネルギーの未来
次世代のエネルギー源として注目を集める核融合炉。その実現に欠かせないのが超伝導材料です。しかし、従来の超伝導体には、核融合時に発生する強い放射線に弱いという課題がありました。理学部物理学科の山下愛智助教は、複数の元素を組み合わせた「ハイエントロピー型化合物」という新しい材料を開発。この革新的な材料により、放射線に強い超伝導体を実現し、小型核融合炉の実用化に向けて大きな一歩を踏み出しています。

山下 愛智 助教
YAMASHITA Aichi
理学部 物理学科
原子レベルで新しい物質を創る 複数の元素を組み合わせた「ハイエントロピー型化合物」
私は現在、超伝導体や熱電変換材料の研究に取り組んでいます。その中でも注目しているのが、「ハイエントロピー型化合物」と呼ばれるまったく新しい物質の開発です。
物質の性質は、原子がどのように並んでいるかによって大きく変わります。原子が規則正しく並んだ構造を「結晶」と呼びますが、例えば身近な食塩では、ナトリウムと塩素の原子が決まった場所に整然と配置されています。一方、ハイエントロピー型化合物では、このような規則的な結晶の特定の場所に、5種類以上の異なる元素を組み込むという、従来の枠組みを超えたアプローチで物質を作り出します。
興味深いことに、2種類や3種類の元素を組み合わせるよりも、5種類以上を混ぜた方が、かえって安定した結晶ができる場合があります。これは多数の異なる元素が混ざることで「エントロピー(無秩序さや乱雑さの度合い)」が増大することや、原子の大きさの違いから生じる「ひずみや乱れ」が結晶全体を安定化させる効果を持つためです。この原理を活かし、より優れた物質を作るための挑戦を続けています。
結晶構造の手づくり模型
【Web限定!新物質を創るプロセスはお菓子作りに似ている?!】
新しい物質を作るプロセスは、お菓子作りにもよく似ています。元素の粉末を適切な配合で混ぜ合わせ、高温で焼き上げ、時に圧力をかけて固めるという工程を踏むからです。しかし、どの元素を組み合わせるかは慎重に選ぶ必要があります。原子の大きさが違いすぎると、別々の結晶に分離してしまうためです。そのため、元素周期表を見ながら最適な組み合わせを探り出す工夫を重ねています。
さらに、完成した物質が狙い通りの特性を持っているかどうかを検証するのも重要なプロセスです。原子の配列や温度変化による性質の変化を、さまざまな装置で丁寧に調べ、次世代のエネルギー源や高度な技術に応用できる可能性を探っています。
核融合炉を支える革新的な技術 放射線に強い超伝導体の開発
この研究を続ける中で、私たちの研究室は大きな発見にたどり着きました。開発したハイエントロピー型化合物が、核融合炉に使える可能性があることがわかったのです。
核融合炉では、1億度という超高温のプラズマを強力な磁場で閉じ込める必要があります。この磁場を生み出すためには、超伝導体の存在が欠かせません。しかし、従来の超伝導体には大きな課題がありました。核融合の過程で発生する中性子線によって、超伝導体が劣化し、その性能が大きく低下してしまうのです。これは、超伝導体の結晶中の原子に中性子がぶつかることで、その原子が弾き飛ばされて、結晶構造が崩れてしまうため。私たちが開発したハイエントロピー型化合物は、従来の超伝導体と比べて原子の配列が大きくひずんだり乱れているため、中性子に弾き飛ばされた原子の動きを周囲の原子が「ジャマしてくれる」効果がうまれ、元の場所に戻りやすくなり結晶構造が崩れにくいのです。
これまでの核融合炉は、超伝導磁石の性能が十分でなかったためプラズマをコンパクトに閉じ込めることができず、装置が巨大化していました。そのため、開発には国家間で連携した大規模プロジェクトと数兆円規模の投資が必要でした。しかし、より照射に強く性能の高い超伝導体を使えば、核融合炉を大幅に小型化・低価格化することも夢ではないと私たちは考えています。
研究室の様子
夢のエネルギー源がもたらす未来
小型核融合炉が実現すれば、私たちの暮らしは大きく変わるでしょう。核融合炉は、投入するエネルギーよりも取り出せるエネルギーが大きい、まさに夢のような技術だからです。しかも、火力発電とは異なりCO2を排出しないため、環境負荷の低減にも大きく貢献します。様々な分野での応用可能性があり、例えば、宇宙船の推進エンジンへの利用や、究極的には「一家に一台の核融合発電」という未来も夢ではありません。SFの世界に出てくるような巨大ロボットの動力源として使われる日も来るかもしれません。
一方で、実用化に向けてはまだ課題があります。現在の超伝導体は、極めて低温でしか機能しないため、室温のような高い温度の中でも超伝導状態になる材料の開発を目指しています。また、より中性子に強く多くの電流を流せる材料の開発も必要です。これらの課題を一つずつ解決していくことで、小型核融合炉の実用化に近づいていけると考えています。私たちの研究も含めて、今後5年以内には小型核融合炉が実現する可能性があります。
幼少期の原体験が導いた次世代エネルギーに貢献可能な研究への道
私がエネルギー問題の解決に関心を抱いたのは、高知県で過ごした幼少期の経験がきっかけでした。当時、家の目の前にある小さな磯で釣りをすることが、私の日常の大きな楽しみでした。船でその磯に渡り、磯の上で釣りをする時間は、私にとって特別なものでした。しかし、温暖化による海面上昇の影響で、思い出の釣り場が徐々に水没していく様子を目の当たりにしました。訪れるたびに足場が失われていく光景を見て、環境問題の解決に向けて行動しなければならないという強い思いが芽生えました。
当初は風力発電や水力発電など、機械的なアプローチでエネルギー問題に取り組もうと考えていました。しかし、学部生時代に経験した海外留学で「材料科学」という分野に出会い、その考えは大きく変わりました。原子レベルで新しい物質を創り出すことで、科学技術に劇的な進歩をもたらせる可能性がある。その可能性に強く魅かれ、現在の研究に至ったのです。
科学を志す若者たちへ 自分だけの道を見つけるヒント
大学は、自分の興味や関心を深め、新たな知識を追求する場であり、研究生活を始める大切なステージです。研究とは、未知の問いに挑み、新しい知識を創り出す過程そのもの。ですから私は、これから研究の道に挑む皆さんに、「柔軟な視点を持ち、アンテナを広げて大学生活を送ってほしい」とお伝えしたいです。
日々の授業やレポートは、単なる課題とせず、自分が将来どのような研究をしたいか考えながら取り組んでください。その中で、自分の関心に合ったテーマや分野が見えてくるはずです。また、興味のある分野の最新動向を把握するために論文を読むことも大切です。私自身、新しい分野に挑む際は100本ほどの論文に目を通します。他の研究者の視点に触れることが、新たなアイデアのきっかけになるからです。
研究の道のりは必ずしも平坦ではなく、困難や壁に直面することもあるでしょう。しかし、それらを乗り越えた先には、達成感や発見の喜びが待っています。だからこそ、やりがいのある挑戦です。皆さんも、自分の興味や関心を大切にしながら、勇気を持って研究の世界へ一歩踏み出してみませんか。