経験則を科学の目で検証 糸魚川産ヒスイの特徴に迫る
日本でも産出される宝石の1つ、ヒスイ(翡翠)。
特徴として「角張っている」ということが経験の中で語られてきましたが、これは本当に正しいのかを定量的に検証しようとしているのが都市環境学部 地理環境学科の石村大輔助教です。
今回、石村助教のヒスイ研究について詳しく伺いました。
石村 大輔 助教
ISHIMURA Daisuke
都市環境学部 地理環境学科
プレートの沈み込み帯で生まれるヒスイ。日本でも産出される宝石の1つ
アジアで高い人気を誇る宝石の1つであり、日本でも縄文時代中期ごろから利用されてきたヒスイ。ヒスイと聞くと、香炉やアクセサリーなどの美しい加工品が多数作られてきたことから、中国が産地であるというイメージを抱く方も多いかもしれません。しかし、実は日本も産地の1つであることをご存知でしょうか。世界で約20産地が知られており、地球の2つのプレートが重なり合い、一方が沈み込んでいる日本のような地域において生まれる希少な石です。ヒスイは、主にヒスイ輝石やオンファス輝石という鉱物からできていますが、曹長石、ぶどう石、方沸石、ソーダ珪灰石、チタン石、ジルコンなどが含まれ、また微量に含まれる元素の違いで様々な色を呈します。日本では、糸魚川静岡構造線で有名な新潟県の糸魚川とその周辺地域が最大の産地です。このように、地質学的にも歴史的にも日本に欠かせないヒスイ。2016年9月24日には日本鉱物科学会が「国石」に選定し、日本を象徴する石として、多くの人に改めて親しまれるようになりました。
色も形もさまざまなヒスイ
参 考 文 献:地学団体研究会編「最新 地学事典」、平凡社、2024年3月
参考Webサイト:フォッサマグナミュージアム「ヒスイって何だろう」
https://fmm.geo-itoigawa.com/event-learning/about_hisui/
ヒスイは本当に角張っているのか?特徴の定量化と比較に挑戦
私は今、糸魚川産のヒスイを分析対象として研究を行っています。具体的には、天然のヒスイと他の石とを見分ける際、「ヒスイは角張っている」という特徴を目印とすることに着目。長年にわたって経験で語り継がれてきたこの特徴が、果たして本当にヒスイの形状を表すのにふさわしいのかどうかを、ヒスイの写真を解析することで調べようとしています。また、ヒスイが本当に角張っているのだとしたら、それはどの程度他の石と異なるのかを定量化するつもりです。この研究は、私が2021年度から2023年度まで手がけてきた基礎研究をベースとしています。これまでの研究では、川辺や海岸の石を採取。「円磨度」という指標を用いながら、石の丸みを画像解析をもとに計測する手法を確立し、採取場所や石の種類ごとに丸みの傾向が異なることを突き止めました。
画像解析を用いた「円磨度」計測
【Web限定!】円磨度とは、「砕屑粒子が川や海による運搬過程で摩耗し、その粒子の角や稜が磨滅して丸くなっていく度合」を示すもの。当該の石における最大内接円の半径と、石にあるすべての凸部の内接円の平均半径との割合を求め、0から1の数値で石や粒子の丸みの程度を示します。1に近づくほど丸みがあるということを表しており、一般的に角が取れて丸くなっていることの多い海岸では平均が0.7や0.8という高い数値を示します。
糸魚川周辺の海岸で採れるヒスイは、その多くが河川によって海へ運ばれ、さらに沿岸流によって運ばれ海岸に打ち上げられたものです。そのため、形状を円磨度で示すことが可能です。形状の定量化ができれば、角張り具合を数字として可視化することができ、他の種類の石とも客観的な比較がしやすくなります。
データ量の確保が研究の鍵を握る。ヒスイ撮影の協力者を募集中!
今回のヒスイ研究においても、石の写真を撮り、それをもとに画像解析を行います。特徴を正確に把握するために、最低でも1000個のヒスイの確保を目標としています。サンプルの量が多ければ多いほど、データの誤差が小さくなり、ヒスイと他の種類の石との形状の違いを統計的に議論することができるようになるからです。しかし、それだけ多くのヒスイを自力で集めるのは難しいため、今回の研究は一般の方々にもぜひ力を貸していただきたく、ヒスイの撮影協力者を募集中です。個人で採集した未加工のヒスイを試料として使用させていただき、それらの写真を私が撮影して、画像解析に使用します。ヒスイを採取した場所や年代は問いません。A4コピー用紙に収まる程度のサイズまでであれば、どんな色や形状のヒスイでも大歓迎です。指定の場所まで伺って皆さまの立ち合いのもとで撮影をしますので、もしも研究に協力可能な方がいらっしゃいましたら、ぜひ私までご連絡いただけますと幸いです。
姫川でのサンプリング風景
■ヒスイ募集中!■
協力しても良いという方、詳細を問い合わせたい方は下記のメールアドレスか、XのDMにてご連絡ください。
メールアドレス |
ishimura[at]tmu.ac.jp ※[at]を@に変換してください |
Xアカウント | https://x.com/DaisukeIshimura |
ヒスイ研究の先に考えられる様々な応用研究
ヒスイの特徴を明らかにする今回の研究も、位置づけとしては基礎研究にあたります。成果が社会実装に直結するというものではなく、他の研究のベースとなるような研究です。今後の応用可能性として考えられるのは、我々が取得した多量のデータを活用し、「石の種類によって円磨度が異なる理由」を突き止めたり、「海岸の石が河川の石よりも丸い理由」を実験やシミュレーションなどを通じて明らかにしたりすることでしょうか。あるいは、どこまで実用化できるのかは未知数ですが、今回集めたデータを機械学習の教師データとして活かすことで、様々な石の中からヒスイを検知する仕組みも作れるかもしれません。私たちの研究が、今後の研究の礎になることがあれば嬉しい限りです。
私自身も、今回取得したデータや円磨度の計測方法を自分の専門分野である段丘研究や過去の地震・津波などを扱う古地震学的研究に役立てていければと考えています。そもそも、石の形状に着目した基礎研究を始めたのは、私が2019年に「津波堆積物に含まれる石の形状から過去の津波規模を推定する」という研究を行ったことが大きなきっかけでした。今回の研究対象はヒスイですが、石は地球の活動の産物でみなさんが目にするまでの歴史(形成や運搬過程)を記録しています。石の形状とそれを発見した場所(環境)などのデータを蓄積していけば、いずれは地球のダイナミックな動きの一端を明らかにすることにつながるかもしれません。
学びや研究に必要なのは余白。思いもよらないところから発見が生まれる
現在の日本では「タイパ」「コスパ」という言葉とともに効率性の高さが重視されていますが、学問の世界は効率重視の考え方をしてもなかなか上手くいかないものです。予想外の場所から大きな発見が生まれることも多く、研究や学習には「遊び」の要素も必要です。私のヒスイ研究も、本来の専門分野から少し離れた場所にある興味関心からスタートしました。この研究が今後どう展開するかは未知数ですが、これこそが大学での学びや研究の本質だと考えています。興味を深く追求することで新たな発見が生まれ、それが他の研究の基礎となり、さらなる成果へと繋がっていきます。そうした人間らしい智の営みを続けていくためには、余白が必要です。学生には勉強だけでなく、趣味などの活動も楽しんでほしいと思います。そうすることで、勉強や研究を充実させることができるだけでなく、人として心豊かな人生を送ることにも繋がるはずです。