人と植物の相互作用 園芸活動で心と体に活力を
「美しい花々や草木は人々の心と体を癒やすもの」
この関係性を看護ケアの視点から考察し「園芸活動プログラム」として実践しているのが健康福祉学部看護学科の増谷順子准教授。
地域貢献活動の一環として普及に努める園芸活動の内容や有効性をお聞きしました。
増谷 順子 准教授
MASUYA Junko
健康福祉学部 看護学科
能動的に体を動かしながら「その人らしく」植物に関わる活動に
私の専門は園芸療法です。植物介在療法とも呼ばれる非薬物療法の1つで、国内では1930年代に都立松沢病院で始まったとされ、土を掘って耕す作業などがリハビリテーションの一環として行われました。1990年代には、欧米で園芸療法を学んだ人々の来日によって社会的な関心が高まりましたが、看護ケア領域で実践されることはレアケースでした。その後、学術的な研究が進められ、少しずつ精神面や身体機能面、脳の認知機能面での好評価が得られるようになり、ノウハウが蓄積されていきました。私は1990年代当時、看護師として臨床の現場にいましたが、学生時代から興味があった非薬物療法を学ぶために一念発起。まずは農学を一から学ぶべく大学に入り直し、その後園芸療法を学びました。大学院では高齢の認知症患者を対象とする「園芸活動プログラム」の開発に挑みました。園芸「療法」ではなく園芸「活動」と名づけたのは、患者が受動的になる治療ではなく、能動的に体を動かすことを重視したからです。また、同時に大切にしたのが「パーソンセンタードケア」という認知症患者への看護ケアの概念。患者の生活スタイルや価値観などの「その人らしさ」を重視する考え方です。
人の力を借りて成長した植物が人の五感を刺激するという相互作用
植物が茎を伸ばし、葉や実をつけて成長していくプロセスに、人が水やりなどを行い関わっていくことで良い相互作用をもたらすのが園芸活動です。植物は種をまいたり苗を植えたりした場所から動くことはなく、動物のように鳴いたり吠えたりもせずに沈黙しています。ただ、植物を育てていくと、「芽が出た」「花が咲いた」「色が変わった」といった視覚面での気づきがあり、嗅覚で香りを感じ、触れることで柔らかさやトゲによる痛みに気づくこともあります。認知症患者は、五感を刺激されながら植物の変化に気づき、植物とともに成長していく感覚を味わえるのです。認知症患者の多くは、日々単調な生活を送り、感情が揺さぶられる機会が少ない傾向にあります。その点、園芸活動では、自分が手を動かして育てている植物に愛着を持つようになり、変化と成長を前にして心が動くのです。
なお、作業療法や理学療法の分野でもリハビリテーションとして園芸が活用されるケースがありますが、リハビリテーションは主に身体的な効果にフォーカスしたもの。私がプログラムを考える園芸活動では、より広く五感を刺激し、身体、精神、認知機能を包括した効果を視野に入れています。
園芸活動は認知症患者の「持てる力」を引き出してくれる
私が開発する園芸活動プログラムは、種まきから収穫までを1つのプロセスとして設定し、6週間で完結させます。高齢者は健康状態が急変するケースもあるため、短期間で育てられて、変化に気づきやすい野菜や花を季節ごとに選定します。同時に、さらに短期間で収穫できる野菜や花も並行して育てます。6週間の中で複数の植物を育てることは、認知症患者の飽きを防ぎ、複数の変化を感じてもらうためでもあります。
1つのプログラムへの参加人数は3名から5名程度で、私1人でも全員に目が行き届く人数です。場所は、天候に左右されない屋内で行い、車いすの方も作業しやすいようにテーブル上にプランターを置いて作業します。周りの参加者の顔が見えるよう、全員で輪になることで社会性を高めるほか、お互いの顔と名前を覚えて仲間意識が高まるよう、メンバーは固定します。
活動時に高齢者施設の職員に参加してもらうと、「こんなことができたんだ」と、普段の活動との違いに驚くことが珍しくありません。脳梗塞によるマヒで使えないはずの手を無意識に使えていたケースもあり、園芸活動には患者の持てる力を引き出す効果も期待できるのです。
園芸活動の作業風景
「人生100年時代」の「老老介護」に園芸活動で光を当てたい
認知症は脳の不可逆的変化であり、一度脳細胞が委縮して機能しなくなると、元には戻らない不治の病とされています。原因がわかっておらず、現在の医療では改善は見込めないのです。例え、園芸活動に取り組んでいる間に認知機能や身体機能などで一時的に改善の効果が見られても、活動が終わると効果は薄れてしまうと考えるのが妥当です。とはいえ、高齢者にとっては1日1日が大切。一時的でも心身が元気になれば、それだけで十分に意味のあることだと考えています。
また、近年は「人生100年時代」といわれる中、70歳前後の高齢者が、自宅でより年長の高齢者を介護するケースがあります。そこで私は、園芸活動を認知症の予防にも役立てようと、比較的元気な高齢者を対象とするプログラムも実践しています。現在は私が地域貢献活動として園芸活動の普及に努めていますが、今後は園芸活動を体験した高齢者自身がその担い手となり、効果や魅力を伝えていってほしいとも考えています。そのためには地域包括支援センターなどとの連携も重要ですし、企業の協力も仰ぎたいと考えています。
【Web限定!】私が驚いたのは、種苗メーカーをはじめとする園芸関連企業ではないものの、新規事業として園芸分野に興味を示す企業があることです。栽培キットを開発したり、オンラインで育て方をレクチャーするサービスをスタートさせたり、成育状況をオンラインで見せ合いながら、収穫後には調理して食べるオンライン食事会が企業発信で企画・開催された事例もあります。高齢になると足腰が弱い方が多いため、「自宅にいながら取り組めること」はメリットそのもの。オンライン園芸活動を媒介にした高齢者の社会交流には大きな可能性を感じています。
また、地域貢献活動では学生も力を発揮してくれます。都立大では2023年に、「65(老後)サポネット」という学生ボランティアサークルの活動がスタートしました。既に高齢者向けに学生が教えるスマホ教室などを開催しており、その際に荒川区の防災課と連携し、区が提供している防災アプリをインストールするサポートも行っています。地域包括支援センターのスタッフも参画するため、多職種の社会人との関わりの中で、学生の経験値が高まる機会にもなっています。
育児と介護の両方の負担を強いられる「ダブルケア」
介護につながる問題として、園芸活動とは別に「ダブルケア」と呼ばれる問題にも注目しています。当事者の中心は働きながら育児を行い、さらに高齢者も介護せざるをえない30代・40代の女性です。ただし、育児をする子どもの年齢や、介護をする高齢者の年齢や症状など、置かれている状況はさまざまです。
【Web限定!】例えば、ある女性は常勤で週5日働き、幼稚園児の子どもと認知症の父親と同居。上手に優先順位をつけてやりくりすることで生活が成り立っています。一方で別の家庭では、仕事を辞めざるをえないと判断したケースもあります。共通点といえば、一人になれる自分だけの時間がほとんどないこと。それでも「育児が終われば…」「介護が終われば…」と考えて日々の激務をこなしているのです。また、旦那さんが協力的なケースもあるものの、奥さん任せの家庭が多く、旧態依然とした「男は外で働き、女が家で育児と介護」という状況です。
インタビュー調査を行うと、誰もがそつなくこなしているように見え、笑顔で大変さが感じられないのですが、むしろそこに違和感を覚えます。また、多くの方は自分と同じ境遇の人には会ったことがないと話します。悩みを打ち明けられる相手が身近におらず、どこに助けを求めたらいいかわからないのです。それゆえ「家族でなんとかしよう」と奮闘し、やっとのことで両立させているのが実情。限界を感じてようやく地域包括支援センターなどに支援を求めるのです。
一方で、そもそも「隠したい」という感情を抱くケースもあり、全体像が見えにくい問題でもあります。個別性が高いため、介入方法やケアのあり方を一般論として語ることも困難。今後さらに多様な事例に触れながら分析を進め、有効な支援プログラムを検討していく予定です。