Miyacology

人と人とが緩くつながり、互いに助け合える環境を作りたい

自殺予防について研究し、教育現場における自殺予防教育プログラム『GRIP』の開発などに取り組む人文社会学部人間社会学科の勝又陽太郎准教授。その具体的な内容を伺いました。

勝又 陽太郎 准教授

Katsumata Yotaro

人文社会学部 人間社会学科

東京都立大学人文学部心理・教育学科(心理学専攻)卒業後、同大学院人文科学研究科博士課程修了。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所自殺予防総合対策センター自殺実態分析室研究員、新潟県立大学人間生活学部講師等を経て、2020年より現職。専門分野は臨床心理学。主な研究テーマは、自殺ハイリスク者に対する支援や自殺予防教育プログラムの開発・実践など。


この分野に興味があるのなら、人に関心を持ち、自分や相手の行動や心境、人間関係そのものを俯瞰して眺めてみてほしいと思います。自分のマイナスな感情を対象としても構いません。そこを疑問の出発点とし、「なぜ自分はこのとき嫌な気持ちになったのか?」と深く考えてみることが臨床心理学を学ぶ第一歩として役立つと思います。


90年代後半から自殺対策が本格化。一方で近年増える子どもの自殺

私は、臨床心理学の立場から「自殺予防」について研究しています。日本において、自殺は長らく「個人の問題」とされてきました。そうした社会の認識が大きく転換し、自殺予防に注目が集まるようになったのは1990年代後半のことです。90年代前半のバブル崩壊の影響を色濃く受けた中年男性を中心に自殺者が増え、1998年には自殺者数が初めて3万人を超えてしまいました。その後も高止まり状態が続き、政府は2000年より対策に乗り出しました。その結果、2011年まで毎年のように3万人を超えていた自殺者数は2012年以降減少。2023年には2万1818人となりました。

ただし、この数字には注意すべき点があります。対策の主なターゲットとなっていた中年男性については自殺者数が減ったものの、小学生から高校生までの「子ども」の自殺は減っていないのです。国内では2010年代に子どもの自殺予防に関する取り組みが本格化し、様々な研究や対策が行われていますが、国としても改めて昨今の統計データを重く受け止めたようです。現在はこども家庭庁を中心に「子どもの自殺対策緊急強化プラン」が組まれ、対策の強化を急いでいます。

大切なのは人と人がつながる環境づくり。『GRIP』が目指す自殺予防教育

人はなぜ、自殺という手段を選んでしまうのでしょうか。実はその原因は、自殺予防に関する研究が進んだ今もなお明確には分かっていません。

大人の場合、多くのケースで、死にたい気持ちとそれを思いとどまる気持ちを数カ月にわたって揺れ動いていきます。しかし、子どもの場合は、子どもたちが悩みを抱えても大人に相談しようとせず、子どもたち同士で問題を抱えやすいため、子どもの自殺予防においては、普段の生活の中に大人を含む「人間関係の網」を張っておくことが欠かせません。そうした観点から、私は立命館大学の川野健治教授らとともに、学校における自殺予防プログラム『GRIP』を開発しました。

【Web限定!】『GRIP』の最大の特徴は、「命は大切だ」「自殺はダメだ」という社会の価値観を一方的に押しつけるのではなく、学校の中で子どもたちが助け合い、大人に相談できるような環境づくりを重視している点にあります。そのため、このプログラムの中では、いきなり「自殺」をテーマとして扱うことはしません。まずは個人ワークを通じて自分の気持ちを言葉にする練習をしてもらい、自分が嫌な気持ちになってしまった際の対処法を考え、人の相談に乗るにはどのような言葉を使うのが良いのかをグループワークで考えてもらいます。その後、最終段階のワークとして、自分で自分のことを傷つけている友人がいた場合を想定し、その友人にどのように声をかけ、どのように大人と繋がって相談に結び付けていくかを考えていきます。自殺という言葉を子どもたちの前で使うのには、一定のリスクが伴います。潜在的、顕在的に自殺リスクの高かった子の行動を誘発してしまう可能性もあることから、自殺について語る前に、まずは何よりもクラスの中でそうしたセンシティブな話題を扱えるだけの関係値をつくり、自分の行動を考えるための基礎力を身につけるべきだと私たちは考えています。それゆえ、このように複数の段階を踏んだ自殺予防プログラムを作ったのです。

このプログラムは中学生向けに作ったものですが、現在はもう少し幅広い年齢の子どもたちに対応できるよう小学生バージョンのプログラムも追加しており、小学校から大学まで様々な教育現場で自殺予防教育に活用されています。

臨床心理士の観点から考える自殺リスクの理解と支援

自殺リスクは、緊急性により急性のものと慢性のものとに分類されます。急性の自殺傾向には入院措置をとるなど即時対応が求められます。一方、慢性的な自殺リスクを抱えている場合は、日常的な死にたい発言や自傷行為が見られることも多く、専門家とも協力しながら長期的視点での支援が必要です。こうした自殺ハイリスク者に臨床心理士として支援を行う場合、まずは相手が「自殺」という行為に見出している機能を理解することから始めます。機能とはつまり、自殺にも本人にとって役立つ側面があるということ。辛い状況下にいるクライエントにとって、自殺は苦しみから解放してくれる手段にもなり得ます。ただ、本当に行動に移してしまっては二度と生き返ることはできません。非常に大きなデメリットがあることをクライエントとも話し合った上で、辛さから解放されるような自殺以外の方法を一緒に見つけていきます。

【Web限定!】もしも自分自身が常に「しんどさ」を感じているのなら、あなたの周囲にサポートチームを作ることを心がけてみてください。メジャーリーグで大活躍中の大谷翔平選手も、一人であの境地までたどり着けたわけではありません。大谷選手の周りにチームメイトや監督、栄養士など、様々なサポートを提供してくれる人たちがいたからこそ、彼は偉業を成し遂げることができているのです。誰かの手を借りる、助けを求めることは、決して弱いことでも、恥ずかしいことでもありません。あれだけ強い大谷選手ですらサポートチームを持っているのですから、私たちが周囲の人に助けを求め、支えてもらうことは、自分自身がこの社会の中でしっかりと歩いていくためにも必要不可欠なことだと思います。

一方で、自分ではなく、友人の心の調子があまり良くないことに気づく場面もあるかもしれません。そうしたケースでは、まずは自分を大切にすることを忘れないでください。人には、自分自身を助ける力があります。あまり過度に関わりすぎてしまうと、その人の自分を助ける力を削いでしまうことにもなりかねません。自分の輪郭をしっかりと持った上で、「アイメッセージ」というやり方でコミュニケーションをとってみてください。例えば、リストカットの傷跡のある友人に対して「なんでそんなことをするの」と言ってしまうと、主語が「あなた(You)」のためなかなか相手に自分の真意が伝わりませんが、「その傷を見てしまったから、やっぱり私はあなたのことが心配だよ」と「私(I)」を主語とすることで相手も言葉を受け取りやすくなるのです。アイメッセージは、日本の文化の中では冷たく感じる人もいるようですが、「私は私の領域をしっかりと持ったままあなたと関わり続ける」というメッセージを発することにもつながり、実は自殺ハイリスク者に対する有効なコミュニケーションの一つとなります。あなたが誰かの「サポートチーム」の一員になることがあれば、ぜひこうした話し方、言葉の使い方を意識してみてください。

また、日本の中でも自殺が少ない地域を対象とした研究からは、自殺を予防する上では、現実世界で人間同士が織りなす「緩いつながり」が重要であることが示唆されています。【Web限定!】徳島県南端にある旧海部町(現・海陽町)は、国内でも自殺者数の少ない自治体です。ここでは多様性が重視され、いろいろな人が「いてもいい」ではなく、「いたほうがいい」と考えます。また、人柄を重視して人を評価し、たとえ失敗しても再チャレンジを容認する寛大さが地域の中にあります。さらに、地域の人たちの絆が強すぎず、弱すぎないのもポイント。普段はお互いに干渉しないけれど、何か困ったことがあれば住民が集まって助け合う文化があるそうです。そして、他者と比べて幸・不幸を判断しないという点も特徴。これからの日本が目指すべきは、こうした旧・海部町のような社会ではないかと思うのです。そのための方法論を、今後の自殺研究の中で探っていく必要があると考えています。SNSでは実現できない、生身の人間同士が触れ合えるリアルなコミュニティの構築が欠かせないのです。